バレンタイン記念スペシャル(笑)実験的SS
はぷにんぐばれんたいん

 世間一般に2月14日というものは男たるもの、落ち着きの一つや二つなくなろうものだ。それが例えお菓子屋さんの陰謀だとわかっていても・・悲しいかな、見栄というものが人間誰にもある。
「つまりはそう言うことだ、相沢」
 わざわざ前に回り込んできて、北川潤は真剣な目をして相沢祐一に言う。ちなみに放課後の教室である。
「どうして俺に言うんだ?」
 思わず半眼になって祐一が言うと、北川は泣きそうな顔をして
「クリスマスの時の約束を忘れたのか、親友よ〜」
「クリスマス・・・?」
 言われて祐一は腕を組んで目を閉じて考え始めた。
 そう言えばクリスマスの頃に北川と一緒にケーキ屋でバイトをしていたような記憶がある。そのお陰で知り合いの女の子の誕生日プレゼントなどを何とか出来たんだった。かなりの出費ではあったがみんな喜んでくれたのでよかったと言うべきか。
「どんな約束があった?」
「憶えてないのか、親友よ!?」
 半泣きの北川を見て可哀想だと不覚にも思った祐一は再び腕を組んで考え始めた。
 そう言えばクリスマスイブイブの日に色々とあったような気がする。その日は従姉妹であり、同居人であり、そして恋人である水瀬名雪の誕生日だったので、わざわざ居残ってそのケーキ屋の店長にケーキを作るのを手伝って貰った記憶がある。その翌日はみんなでクリスマスパーティ兼名雪の誕生日パーティをやったな。あれはなかなか楽しかった。何か色々とあったような気もするが。
「そう言えばお前、クリスマスパーティに来なかったな?」
「そうじゃないだろう、親友よ〜」
 祐一は半ば面倒くさくなってきていたがとりあえずまた考え出した。
 何故北川は来なかったのだろう?そう言えばやはり何かあったような気がしないでもない。
「そうだ!お前が勝手に屍になったからあの後大変だったんだぞ!!」
 いきなり大声を出す祐一に北川はえっと言う顔になり、机から離れた。
「相沢さん・・・あの・・・」
「そうだよ、お前、何もしなかったくせに同じ分だけバイト代貰っていただろ!あれは俺が一生懸命やった分だぞ、少しは返せ!!」
 そう言って北川の胸ぐらを掴む祐一。そしてぶんぶんと前後に振り回す。
「あうあうあう・・・」
「その辺にしないと北川君、死んじゃうよ〜」
 隣の席からとてものんびりとした声。
 祐一がその声の主の方を見たので北川は何とか振り回されることから脱出することが出来た。しかし、胸ぐらを掴まれたままである。
「運のいい奴め」
 そう言って北川を離す祐一。何かすっかり悪役である。
 祐一の隣の席にいた水瀬名雪はその様子を何か微笑みながら見ていた。
「すっかり親友だね、祐一と北川君」
「そんなことはないぞ。現実に今・・・」
「そ、そうだぞ、水瀬さん。こいつと俺は敵同士なんだ」
 何とか復活したらしい北川がそう言って祐一と距離をとる。そしてまるでボクシングをやるような構えをとった。
「ほう・・・やる気かな、北川君?」
「フッ・・・俺に勝てるとでも思っているのか、相沢?」
 わざわざ目を閉じ余裕たっぷりな姿を見せる北川に対して祐一はごく普通に立っている。しかし、何故か余裕がその姿から伺えた。
 どちらも動かず睨み合いが続く。そして・・・北川が先に動いた。右のパンチを繰り出すが祐一はそれを上体を逸らすだけでかわし、すっと右足で蹴りを放った。それをがしっと左手でガードする北川。
「フッ・・・なかなかやるな、北川」
「お前こそな、相沢」
「フッ・・・」
「はっはっは・・・」
「「はっはっはっはっはっはっは」」
 そう言って二人して肩を組み、大声で笑い出す。
 一方名雪はと言えば呆気にとられて呆然としている。
「何馬鹿なことやってるのよ」
 まだ高笑いを続けている二人の後ろからため息と共にあきれたような声がかけられた。
「いや、誰か止めてくれないか期待していたんだが」
「名雪にそれを求めるのは無理だったか」
 二人して振り返り、そこにいた美坂香里にそう言う。
「はぁ・・・全く・・・名雪、考え直すなら今のうちよ?」
「大丈夫だよ、祐一は優しいから」
 あきれかえったように言う香里に笑顔で答える名雪。
「はいはい、それじゃ行きましょうか?」
「そうだね、それじゃ行こうか?」
 そう言って立ち上がる名雪。どうやらその場にいなかった香里を待っていたようだ。その香里はと言うとクラス委員長として何か呼ばれていたようだ。
「ン?どこか行くのか?」
 祐一が名雪に聞くと、名雪はちょっと頬を赤らめて頷いた。
「ちょっと・・ね」
「ふうん・・・」
 何かわからないが言いたくはないようだと言うことを察した祐一はそれだけいうと、また北川の方を向き直った。
「で、何の話だった?」
「だ〜か〜ら〜・・・」
 二人の話はまた振り出しに戻る。もっとも今度は名雪も香里もいないから誰の突っ込みも入らないのだが。二人がそれに気がついたのはすっかり陽が傾いてからであった。

 水瀬家に帰り着いた頃にはすっかり陽は落ちてしまっていた。
「何をやっていたんだろうか、この短い青春の大切な時間を無駄に費やしたような気がする・・・」
 靴を脱ぎながらそう呟く祐一。
 結局クリスマスの時の約束は思い出せなかったが、たまにはこういう無駄な時間も必要かも知れない。
「あら・・お帰りなさい、祐一さん」
 リビングからこの家の家主・水瀬秋子さんが出てきた。買い物かごを持っているところを見るとどうやら買い物に行くところらしい。
「あれ?今から買い物ですか?」
「そうね・・・ちょっと台所が使えないから・・・」
 いつもの笑顔をたたえたまま秋子さんが言う。どことなく、微妙に困っているような感じがしないでもない。
「台所が?一体どうしたんです?」
「それは・・まぁ・・・明日までお楽しみ、と言うことで」
「・・・・・あ、そう言うことか。わかりました」
 祐一はようやく今日が2月13日であることを思い出していた。ついでに何故北川が話しかけてきたか、その理由とクリスマスの時の約束もおまけのように思い出していた。
(そう言えば・・・結局ダメになってたんだっけ、香里とのデート・・・)
 クリスマスの時の北川との約束・・・バイトに付き合う代わりに香里とのデートをお膳立てしろと言うものだったのだが結局彼の不手際からその約束はおじゃんになってしまっているのであった。
(自業自得だろうが・・・)
 階段を上がりながらそんなことを考える。
 階下の台所からは「あう〜〜っ!!」とか「うにゅ〜〜っ!!」とか「うぐぅ〜〜っ!!」などの悲鳴がたまに聞こえてきていたがあえて無視して自分の部屋に入り、さっさと着替えてベッドに横になる。
「・・・・明日が楽しみだ・・・」
 そう呟く祐一だが、その翌日に待ち受ける運命など知る由もなかった。

 翌日・・・2月14日。
 朝はいつもと何ら変わることはなく、名雪を叩き起こし朝ご飯も早々に学校へと走っていく。
「昨日は何時まで起きていたんだよ?」
 走りながら祐一が名雪に聞く。
「真琴とあゆちゃんのを手伝っていたから・・・10時くらいかな?」
 少し首を傾げて名雪が言う。走りながら器用なものである。それにしても名雪が夜の10時頃まで起きていたこと自体ある意味凄いことである。早い日は夜の8時頃には寝ているくらいだから・・・。
「名雪が10時頃まで起きていたなんて・・・驚きだな」
「酷い事言ってるよ、祐一」
 頬を膨らませる名雪。
「そんなこと言うんならもうチョコあげないから」
「ああ、それだけは・・・名雪様、お許しを・・・」
 冗談めかして言う祐一に名雪が笑顔を浮かべて頷く。
「わかってるよ。祐一のために昨日の夜頑張ったんだもん。楽しみにしててね」
「ああ、期待してるよ」
 そう言って祐一も微笑みを浮かべた。
 いつもと同じくギリギリに教室に飛び込むと早速北川が恨めしそうな顔をして祐一のそばに歩み寄ってきた。
「よぉぉぉぉぉ〜・・・」
 地獄のそこから響くような声を出す北川。
「いいよなぁ・・確実に貰える奴は・・・良いよなぁ・・・」
 それだけいって自分の席に戻っていく北川。何か背中に哀愁のようなものを漂わせている。
「あ〜あ、何かすっかり落ち込んでいるわね」
 そう言って隣に香里が現れた。
「香里・・・可哀想だからチョコの一つでもやったらどうだ?」
「私はそう言うお菓子屋さんの陰謀に加担する気、全くないから」
 にべもなくそう言って香里は自分の席に着いた。
「可哀想に・・・」
 そう言って祐一も自分の席に着く。可哀想とは言ったが特に何かしてやろうとは思わない。
「相沢くんっ!!」
 彼が席に着くのを待っていたかのように数人の女子のクラスメイトが彼のそばにやってくる。
「はい、これっ!」
 そう言って一斉にチョコが差し出される。
「え?」
 一瞬呆気にとられる祐一。隣の席の名雪を振り返ると何故かむすっとした顔をしている。
「受け取ってくれないの?」
 何故かみんな切なそうな目をして祐一を見る。
「え?え?」
 更に混乱の度合いを深くする祐一。
 その様子を面白そうに香里が見ている。
「・・・あははっ!」
「冗談、冗談」
 いきなり祐一を囲んでいた女子生徒が笑い出した。
「相沢君にクラスの女子全員から義理チョコだよ」
「だから、名雪もふくれないの!」
 別の女子生徒がそう言って名雪の肩の手を置いた。
「意外と名雪って焼き餅焼きなんだね」
「そりゃ7年間も待った相手だからねぇ・・・」
 そう言ったのは香里だった。
「わ、わ、香里、それは言っちゃダメだよ〜」
 真っ赤になって名雪がそう言うがもう遅い。女子生徒の輪はあっという間に名雪の方へと向かった。
「はぁ・・・」
 ため息をついて、祐一は机の上に置かれたチョコを見た。ごく普通にチョコである。
「あ〜い〜ざ〜わ〜」
 後ろから恨めしそうな声。振り返るまでもない、北川である。先程より更に声のトーンが低くなっている。
「モテモテで羨ましい限りだぞ〜」
「義理だと言っていただろ」
「義理でも何でも貰えるだけ良いじゃないか」
「・・・・貰ってないのか?」
「・・・・・・」
「わけてやろうか?」
「余計惨めだ・・・」
 そう言って北川は机に突っ伏した。
 その隣ではまだクラスの女子生徒が名雪と香里を囲んでいた。

 二時間目が終わったその休み時間、次の授業の準備をしながら半分寝てしまっている名雪で遊んでいると、予想外の人物がいきなり教室にやってきた。
「あはは〜、祐一さんはいらっしゃいますか〜?」
 その声を聞いた瞬間、祐一は猛ダッシュで教室の入り口に向かった。
「さ、さ、さ、さ、さ・・」
「お久しぶりです、祐一さん」
「ど、ど、ど、ど、ど・・・」
「えと・・・今日中に会えるかどうかわからなかったので来ちゃいました〜」
 何を言いたいのか自分でもわからないらしい祐一に対して、相手の女性・・・倉田佐祐理は笑顔で話しかけている。
「ほら。舞もいるんですよ〜」
 そう言って佐祐理が少し横に移動すると川澄舞が真っ赤な顔をうつむけて立っている。
「あ・・・ゆ、祐一・・・」
「よ、よお、舞・・・」
 思わず硬直してしまう祐一。背中に誰かの視線が突き刺さる。振り返らなくても誰かわかるところが悲しいような気もするが。
「どうしたんだ、わざわざ教室に来るなんて」
「今日・・・バレンタインだから・・・」
 小さい声で舞が言う。何か凄く照れているようだ。こういうところをたまに見せる舞はとても可愛い、と祐一は思う。もっとも名雪の前でそんなことは口が裂けても言えないが。
「はい、私からです」
 先に佐祐理が祐一にチョコを渡した。綺麗にラッピングされている。流石は佐祐理さん、と言うところだろう。
「ほら、舞」
 佐祐理に言われて舞は手に持っていた袋を祐一に差し出した。決して綺麗とは言えなかったが何となく舞らしくて良い、と祐一は思った。
「サンキュ、佐祐理さん。それに舞も」
 そう言って笑顔を見せる祐一だったが・・・舞が不意にチョップを彼に喰らわせてきた。
「いてっ・・・何するんだ、舞」
「・・・・・・」
 舞は頬を膨らませたまま、クルリと回れ右してさっさと廊下を去っていく。
「祐一さん、順番が逆ですよ」
 くすくす笑いながら佐祐理が言う。
「・・・そういうことか・・・貰った順に言っただけなんだけどな」
「私から舞にはちゃんと説明しておきますね。それじゃ」
「ああ、ありがとう、佐祐理さん」
 ぺこりと一礼して去っていく佐祐理を祐一は呆然と見送っていた。
 それを影で恨めしそうに見ている人影があったことを彼は知らない・・・。

 キーンコーンカーンコーン♪
「祐一、お昼休みだよっ♪」
 いつもと同じように声をかけてくる名雪に頷く祐一。
「さて、学食にでも行くか?」
「Aランチ、Aランチ〜♪」
 嬉しそうに口ずさむ名雪だが、そこに香里が割って入った。
「悪いけど相沢君、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「お?」
 意外そうな顔をする祐一と名雪。
「勘違いしないで。栞に頼まれているのよ」
「栞に?・・・わかったよ」
 何か睨まれているような気がした祐一はとりあえずそう言って名雪をちらりと見た。小さく頷く名雪。
「じゃ、中庭で待ってると思うから。名雪、行きましょう」
 香里はそれだけ言うと、名雪の手を取って教室から出ていった。
「う〜ら〜や〜ま〜し〜い〜ぞ〜あ〜い〜ざ〜わ〜」
 本日何度めかもうわからない北川の恨めしそうな声がするが無視して教室を出ていく祐一。
 そう言うことをするから誰もチョコをくれないんじゃないのか、と祐一は思ったがあえて何も言わない。
 ぶるっと体を寒さに震わせながら中庭に出た祐一はそこで待っていた香里の妹、栞の姿を確認すると手を振った。
「よお、待ったか?」
「少し待ちました。でもすいません、わざわざ来て貰って」
 そう言って頭を下げる栞。
「構わないって」
「それで・・これが私から祐一さんへのバレンタインのチョコです」
 栞がそう言って出したものは・・・・何と特大サイズのアイスクリーム(チョコ味)だった。特大と言ってもただの特大サイズではない。はっきり言って巨大、と言った方がいいだろう。
「・・・栞・・・?」
 祐一は流石に少し引いていた。もっともそれを彼女に見せるようなマネはしないが。
「ただのチョコじゃアピール度がたりないと思ったのでアイスにしちゃいました。はい、どうぞ」
 栞は満面の笑顔でその巨大なアイスクリームのカップを祐一に差し出してきた。どうやら今この場で食べろ、と言うことらしい。流石に祐一の表情が引きつる。この量を今この場で全部食べると・・・確実に腹をこわすだろう。しかし、栞の笑顔を見ていると・・・断れなかった。
「ありがとう・・栞・・・」
 祐一は覚悟を決めた。

 ようやく放課後である。
 お昼休みに食べた巨大チョコアイスのためかなりの腹痛に見舞われていた祐一だが何とか耐えきり、こっそり保健室に向かっていた。
「すいませ〜ん、腹痛の薬貰えますか〜?」
 ドアを開けるなりそう言うと、中から見知った顔が出てきて彼を驚かした。
「相沢さん・・・どうかしたんですか?」
「天野・・・?何でここに?」
 祐一は驚いた顔のまま出てきた天野美汐を指差して言う。
「相沢さん、人を指差すのはよくないですよ」
 少々むっとした顔をして美汐が言う。
「あ、わりい・・・ところで保険の先生は?」
「外出中です。私、保険委員なんで留守を預かっているんです」
 祐一が指を下ろしたのを見て、美汐はようやく表情をゆるめた。
「で、相沢さんはどうしたんですか?」
 美汐が椅子を勧めながら聞くと、祐一は思いだしたようにお腹を押さえて、
「そ、そう言えば・・・腹が痛いのを忘れていた・・・」
「腹痛ですか?・・・ちょっと待ってくださいね」
 そう言って美汐は薬棚から一本のビンを取り出した。
「腹痛にはこれが効くと思いますよ」
「ありがたい・・・・」
 ビンを受け取り、中から錠剤をとりだして早速飲み込む祐一。
「・・・・はぁ」
 ため息をつき、祐一は椅子に座った。
「やっと落ち着いた気分だ」
「チョコの食べ過ぎですか?」
「アイスの食べ過ぎだ」
「・・・ならこれをどうぞ」
 美汐がそう言って祐一に板チョコを差し出した。
「折角ですから、一応、と言うことで・・・」
 少し頬を赤らめながら言う美汐。
 それを受け取りながら祐一は
「まさか天野から貰えるとは思わなかった。サンキュ♪」
 そう言って片目をつぶって見せた。

 昇降口で靴を履き替えていると意外な人物と出会った。
「よぉ。まだ居たのか?」
「相沢君と違ってこれでも忙しいのよ」
 そう言って香里が祐一の隣に並んで自分の靴箱から靴を取り出す。
「また呼び出しか?」
「進路指導よ」
 祐一のからかいにあっさりと返して、靴を履き替える香里。そして、そのまま祐一を置いてさっさと出ていこうとする。
「おいおい、待ってくれよ」
 慌てて自分の靴を履き替えて、香里を追う祐一。
「別に一緒に帰るわけでもないでしょ?家、反対よ?」
 振り返って香里がそう言う。いつものあきれたような顔をして、だ。
「結局、北川には何も無しだったのか?」
「朝にも言ったと思うけど、お菓子屋さんの陰謀に加担する気はないの。まぁ・・・栞とか名雪は違うんでしょうけど」
 にべもなく言う香里。
「まぁ、それは個人の勝手だけどな。北川が可哀想だ」
 祐一がそう言うと、香里は立ち止まって
「なんで北川君が可哀想なの?」
 キョトンとした様子で聞いてくる。
「・・・・・いや、もういい」
 なんか壮絶に北川に同情したくなった祐一はこれ以上その話題を口にしたくなくなっていた。
「まぁ・・・そのなんだ、この話は忘れてくれ」
「別に良いけど・・・」
 まだ不審そうな香里。
 まさかここまで北川の思いが届いてなかったとは・・・彼女が鈍感なのか、それとも北川の努力が足りないのか。
(まぁ・・・俺の知った事じゃないが)
「ところで相沢君」
「なんだ?」
 今度は香里の方が話しかけてきたので考えていたことをさっさと頭の隅に追いやる祐一。
「名雪は一緒じゃないの?」
「先に帰った。なんか準備するって言ってたが」
「準備、ね・・・」
 香里はそう言うと、小さくため息をついた。それから鞄を開けて中に手を伸ばして、何かを取り出す。
「お菓子屋さんの陰謀に加担する気はないけどね」
 そう前置きしておき、香里は祐一にすっと自分の右手を差し出した。
「お世話になった人に感謝の気持ちを捧げるというのは良いと思うのよ」
 右手を開くと、そこには何故かハート形のチョコレートが。余り大きくない、お菓子屋さんで袋に入って280円ぐらいのチョコレート。
 祐一はそれを見ると思わずぎょっとして香里の顔を見てしまった。すると、彼女は顔を背けている。なんか頬が赤いような気がしないでもない。
「感謝の気持ち・・・ね」
 そう呟いて祐一は香里の手からそのチョコレートをとって、その場で口に入れた。
「俺が香里に世話になったことはあると思うがその逆はあまり無かったような気がするけど?」
「べ、別に良いじゃないっ!!栞のこととか、まだ感謝してもあれは・・」
 必死で反論する香里を見ながら祐一はこう言うのも良いか、と思っていた。
 もっともこの時点で完全に北川のことを彼は忘れていたのだが・・・。

 水瀬家である。
 ある意味もっとも恐ろしい・・・と祐一は思っていた。
 名雪や秋子さんはいい。二人とも料理に関しては並以上の腕前だからだ。問題はこの家に居候している他の二人、沢渡真琴と月宮あゆである。
(多分あゆはたい焼きで真琴は肉まんなんだろうなぁ・・・)
 簡単に想像できてしまうのが悲しいが二人の行動パターンを考えるとどうしてもそう言う結論に達してしまう。
 たい焼きをこよなく愛するあゆはきっとチョコ入りのたい焼きで、肉まんの味に惚れ込んでいる真琴はきっとチョコ入りの肉まん(もうこの時点で肉まんではないような気がする)でバレンタインのチョコとすることだろう。
(問題は味だな。まぁ・・秋子さんがそばについていてくれればそれなりに安心できるような気がするが)
 そんなことを玄関先で考えていると不意に後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにはいつもと変わらず笑みを浮かべた秋子さんがいる。買い物かごなど持っていないことからどうやら仕事帰りらしいと言うことが彼にもわかった。
「お帰りなさい、祐一さん」
「ただいまです・・・秋子さんこそお帰りなさい」
「ふふ・・・そうだわ、名雪達より先に渡しておきましょうか?」
 そう言って秋子さんは手に持っていたカバンからチョコを取り出した。
「はい、祐一さん。バレンタインのチョコです」
「あ、ありがとうございます」
「こんなおばさんからで御免なさいね」
「な、何言っているんですか!凄く嬉しいです!」
 少なからず本音である。
 名雪とのこともあるから貰えないと思っていた祐一だったがまさか秋子さんから直接貰えるとは。昔は憧れていたのだ、この人に。
「・・・そう言えば、秋子さん、今仕事帰りですか?」
「そうですよ」
「・・・真琴とかあゆにチョコの・・・」
「二人とも自分でやるって聞かなくて」
 そう言って微笑む秋子さんだったが、その一言で祐一は凍り付いていた。
(いや、まだ名雪がいる・・)
「名雪も二人に負けないよう一人で頑張ってましたよ」
 あっさりと祐一の最後の希望は断たれた。
(まだ謎ジャムの方がましかも知れない・・・)
 心の中で泣きながら祐一はそう思った。

「祐一君、お帰りっ!!」
 そう言って一番に出てきたのは月宮あゆである。
 7年間眠り続けた彼女は退院後、水瀬家で一緒に暮らしているのだ。
「はい、これ!」
 早速彼女がお盆に乗ったたい焼き・・・・・のようなものを祐一に差し出してきた。なんか黒こげになっていてたい焼きなのか違うものなのか判別がつかないが多分たい焼きだったのだろうと見当をつける。
「ボクが一生懸命作ったんだよ!」
「あ・・・ああ・・・」
 引きつりまくりながら祐一は頷いた。
 まさか食べないわけには行かないだろう。あゆが一生懸命、自分のために作ったくれたのだから。それ以上に意外とあゆを気に入っている秋子さんが怖い。しかし・・・手を出す勇気が湧かないのも事実である。
「祐一君?」
 小首を傾げて祐一の顔をのぞき込むあゆ。
 意を決して祐一はお盆の上の物体に手を伸ばした。そして、一口食べてみると・・・・がきっと言う音がして、歯が痺れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 思わず沈黙が二人を包み込む。
「えっと・・・秋子さん、今日の晩ご飯、何かな?」
 祐一から視線を外して、あゆがリビングに向かっている秋子さんに声をかける。その方をがしっと掴み、自分の方へと振り向かせながら祐一はにっこりとあゆに向かって微笑んだ。
「あゆ・・・」
「あはは・・・祐一君、目が笑ってないよ」
 引きつった笑顔を浮かべるあゆ。
「お前の一生懸命はよくわかった・・・俺はいいから自分で食って見ろ」
「うぐぅ・・・」
 困り果てたような顔をするあゆ。
「あはははははははははははははははは」
 いきなり高笑いが聞こえてきたのでその声のした方を見ると・・・沢渡真琴が階段の上に立ってこっちを見下ろしていた。
「所詮はあゆね。そのてーどなのよ!」
 何故か自信満々に言う真琴。
「う、うぐぅ・・・」
 悔しそうに真琴を見返すあゆだが言い返すことは出来ないらしい。
「さぁ、祐一ッ!!これでも喰らいなさいっ!!」
 そう言って階段を駆け下りようとして・・・足を滑らせて落ちてくる真琴。
「あう〜〜っ!!」
 その拍子に真琴が持っていたらしいものが祐一の頭に上に落ちてくる。
 ひゅ〜〜〜ん・・・べしゃ。
 それは祐一の頭にぶつかると途端に崩れてどろーりとした中身をたれさせ始めた。
「あたたた・・・」
 かなり豪快に打ったらしいお尻を押さえながら真琴が顔を上げるとそこには茶色のものを頭から垂れ流している祐一の姿があった。
「あははははは、何やってるの、祐一!!」
「・・・・・真琴・・これはなんだ?」
 怒りを押し殺して祐一が聞くと、真琴はまだ笑いながら
「チョコに決まってるじゃない!なんだと思うのよ!!」
「・・・・・・一体どうしてこうなるんだ?」
「多分・・・湯煎してまだ固まってなかったんじゃないかな?」
 そう言ったのはあゆである。
「何を作ろうとしていたんだ、真琴は?」
 あえて真琴ではなくあゆに尋ねる祐一。その片眉がかなりひくひくしている。
「・・・・・・チョコで作った肉まんだと思うよ。外側もチョコで中身もチョコ」
「そうか・・・で、外側は固まったが中身はまだだったと言うことか」
 祐一は小さく頷くと真琴を手招きした。
 まだ笑っていた真琴はそれに気がつくと、すぐに祐一のそばに寄っていき、
「どう、嬉しい?」
「ああ・・ありがたくて涙が出そうだぞ、真琴。その嬉しさをお前にもわけてやろう!」
 そう言って祐一は頭に手をやってどろりとしたチョコをすくい取ると真琴の顔に塗りつけた。
「あう〜、なにするのよっ!」
「うれしいだろう!!!まことぉっ!!」
 再び頭のチョコをすくい取り、真琴の顔に塗りつける祐一。
「よくもやったわねぇ!!」
 真琴も反撃とばかりに祐一に飛びかかろうとするが、足下に転がっていたあゆのたい焼き(のようなモノ)に足を取られて豪快に祐一を押し倒してしまう。
「このっ!!」
 結局二階から降りてきた名雪に止められるまで真琴と祐一はひたすらチョコの塗り合いを続けていた。もっともあゆはおろおろとするばかりで何もしていなかったらしい。

「ふう・・・」
 自分の部屋に入ってようやく落ち着いた祐一である。
「なんか大変な一日だったような気がする」
 思わず口に出してしまう。
 朝は朝でクラスの女子にからかわれるし、休み時間には舞と佐祐理さんが来るし、お昼休みには栞にチョコアイス責めを喰らうし、保健室では天野に会うし、帰り道では香里からチョコを貰うし・・・色々と一日にありすぎたような気がする。
 トントン・・・。
 控えめなノックの音。
「・・・名雪か?」
「うん・・・入っていいかな?」
「ああ」
 ドアが開きパジャマに半纏姿の名雪が部屋に入ってくる。どうやらお風呂上がりらしく、身体からまだ湯気が立っているようにも見えた。
「まだ起きていたのか?」
 とりあえず言ってみる。まだ今の時間あら名雪でも起きている時間帯であることは承知の上だ。
「朝、約束したからね」
 そう言って名雪がすっと両手を前に出した。その手にはハート形の大きなチョコが。
「あゆちゃんや真琴に負けないように頑張ったんだよ」
「いや、あの二人は勝負にすらなってないし」
 思わずつっこみを入れてしまう祐一。
 だが名雪は一切気にせずに祐一のそばに来ると、すっと祐一を抱きしめた。
「今日・・一緒に寝ちゃダメかな?」
「・・・子供じゃないんだぜ?」
「真琴と一緒に騒いでるの見て、ちょっと悔しかったんだよ?」
「・・・・馬鹿」
「馬鹿でいいもん」
 祐一はため息をつくと、名雪の背中に手を回してその長い髪の毛を手で梳いてやった。
「やれやれ・・・困ったお姫様だ」
 そう言って祐一はベッドを見た。
「今夜は・・・寝かせないぜっ!!」

The END

後書き

疲れた・・・・。
かおりん「また無意味なくらい長かったわね?」
まさかここまで長くなるとは思わなかった。ある意味失敗だ。
かおりん「構成力のなさを感じるわね」
風邪を引いていて調子が悪いとしておこう。
かおりん「落ちも弱いし・・」
それもきっと風邪のせいだな。今年の風邪はたちが悪い(笑)
かおりん「何言っているんだか・・・」
全てはこの時期に風邪を引いたのが悪いんだぁっ!!
かおりん「自分のせいでしょうがッ!!」

追記

実はちょっとした実験をやっています。
かおりん「実験?」
はい。簡単にわかると思いますので探してみてくださいね。
かおりん「わからなかった場合、どうすればいいのよ?」
あう・・・その時は・・・・(汗)
かおりん「どうするのよ?」
気にしないで次にれっつごぉ!

戻ります

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