む〜〜〜んと立ち込める熱気の中、俺と名雪は向かい合って座り、必死にテキストと睨み合っていた。
何故か故障した俺の部屋のエアコン。
にもかかわらず必死でやっているのは夏休みの課題。
何も俺の部屋でなくてもいいと思うのだが、名雪が「祐一の部屋がいい」と言い張ったのでクソ暑い中、汗だくになりながら必死に課題を終わらせるべく俺たちは頑張っている。
余りにも暑いので秋子さんに頼んで出して貰った扇風機も暑苦しい空気を掻き回すだけでほとんど役に立ってはいなかった。
まぁ、今年は例年以上に暑いらしいと秋子さんが言っていたから余計にそう感じるのかも知れないが。
「う〜〜〜〜〜」
正面で名雪が暑さに耐えかねてか呻き声を上げる。
「う〜〜〜〜〜」
思わず俺も同じように呻き声を上げてしまった。
どっちかというと暑さよりも遅々として進まないテキストに、だが。
「祐一〜、暑いよ〜」
そう言って名雪が下敷きを手に持って仰ぎ始めた。
「俺だって暑い……」
俺も名雪と同じようにシャーペンから手を離し、下敷きを団扇代わりに仰ぎ始めた。
しかしまぁ、何と言うか、扇風機が熱い空気を掻き回すだけしか役に立ってないのと同じく、下敷きぐらいで涼しくなるはずがない。
「なぁ、名雪……」
「何〜?」
「やっぱり部屋変えないか? ここじゃ暑すぎて課題どころじゃないと思うんだが」
俺はおそらく最良の提案をしたつもりなんだが、名雪は俺の提案を大きく、それこそ音が聞こえるぐらいぶんぶんと首を左右に振って否定した。
「だ、だ、ダメ!! ここじゃなきゃダメだよ!!」
何か物凄く慌てているような、そんな感じがするんだが。
「……なぁ、俺の部屋は今エアコンが故障中ではっきり言わなくてもクソ暑いんだぞ。同じ課題やるなら涼しいところでやった方が効率もいいと思うんだが?」
「う〜、それはそうだけど……」
困ってやがる……。
一体何考えてんだよ……名雪の奴……。
名雪と一緒〜真夏の夜の過ごし方編〜
「あ〜〜〜〜つ〜〜〜〜い〜〜〜〜」
そう言って俺はテーブルの上に突っ伏した。
何かさっきよりも気温が上がっているような気がする。
いや、勿論それは気のせいに違いないんだが……気のせいだと思いたい。
実際に温度計を見る勇気がないから何とも言えないし、仮に見て、物凄い気温だったら今度という今度こそ挫けてしまいそうな気もする。
「本当、暑いね〜」
正面に座っている名雪は汗だくになりながらも何故か笑みを浮かべている。
しかも何か嬉しそうと言うか楽しそうと言うか。
このクソ暑い中、何が楽しいんだか。
おまけにやっている事と言えば夏休みの課題だし。
俺的には楽しくない事のかなり上位に入るんだがなぁ。
そう思ってじっと名雪の顔を見ていると、不意に名雪が、まるで俺の視線に気付いたかのように顔を上げた。
「……祐一」
交錯する視線。
だが、何処か非難しているような、困っているようなそんな視線を受け、俺は黙り込む。
「……手、止まってるよ。頑張らないと間に合わないよ」
「あ、ああ、そうだな」
名雪の発言に俺は心の中で安堵のため息をついていた。
まさかまたあの悪い癖が出たか、と思ったんだがそうでもなかったらしい。
「それにね」
心の中で安堵していた俺に気付かず名雪が続ける。
「私は祐一と一緒だったら何やっていても楽しいよ」
そう言ってにっこり微笑む名雪。
「だって、祐一のこと大好きだもん」
まぁ、何と言うか相も変わらず恥ずかしいことを照れもなく言う奴だな。
俺の方が恥ずかしくて思わず顔を背けてしまったじゃないか。
別に二人っきりだからそうする必要もないような気もするが。
「ねぇ、祐一は?」
名雪の問いに俺は名雪の方を見た。
「祐一も、私のこと、好き?」
小首を傾げながら上目遣いに俺を見て尋ねる名雪。
うっ……何と言うかそれは反則だろう。
可愛すぎて思わず俺はまともに名雪を見れなくなる。
「……祐一?」
ちょっと不安そうな声が聞こえてきた。
ちらりと名雪を見ると泣きそうな目で俺をじっと見つめているじゃないか。
くううぅぅ〜〜〜!!!
何と言うのだろうか、この小動物っぽい愛らしさ。
机が間に無かったら今すぐにでも抱きしめて頬擦りしたくなるような、そんな愛らしさに俺は理性を保つので必死だった。
「ねぇ、答えて。私のこと、好きだよね、祐一も?」
目尻に浮かんだ涙、そんな目で更に上目遣いに見上げられて俺はもうコクコクと頷くだけだった。
だが名雪はそれで納得してくれてないようだ。
小さく首を横に振って俺を見上げる。
「ダメだよ。ちゃんと言葉にして」
ぐは……何て事言うんだ、こいつは。
つまりはあれか、ここで俺に告白しろと言うのか?
いや、告白はしたから何だ、とりあえずもう一度好きだって言えってか?
じょ、冗談じゃないぞ。
そんな恥ずかしいことが出来るか!
「言って」
名雪がじっと俺を見る。
少し拗ねたような目で俺を見つめている。
こ、この目に弱いんだよな、俺……。
「あ、ああ……俺もだよ」
絞り出すように俺が言うが名雪はむすっと頬を膨らませる。
な、何が気に入らないんだ?
俺が困惑していると名雪は口を開いた。
「ちゃんと言って。ちゃんと祐一の口から『好きだ』って言って」
そう言って又俺をじっと見る。
何か物凄く期待されているような気がする……。
ああ、いや、こう言うのが凄く苦手なんだが、俺。
しかし……名雪は思いきり期待しているようだし。
意を決して、覚悟を決めて俺は口を開いた。
そこまでやらないと言えないのかと言う質問はこの際無視だ。
「お、お、お、俺、俺、俺も、お、お、お、お前、お前のこ、こ、事が」
何でどもるんだ、俺ー!!
一回深呼吸してから改めて名雪の方を見る。
「お、俺もお前のことが好きだ……こ、これでいいだろ」
そう言って俺はそっぽを向いた。
「祐一〜♪」
名雪がそう言って飛びついてくる。
勿論机越しに。
「ね、ね、ね」
そう言って名雪は目を閉じて唇を突き出してきた。
これってつまりあれだよな。
キスしろって言うことだよな。
「ね〜え」
名雪に催促され、俺がそっと身体を乗り出したその時だった。
「まぁまぁ、仲がいいわね」
いきなり横からそんな声がした。
「ぬおわちゃぁっ!?」
思わず後ろに飛び退いてしまう俺。
声のした方を見るとそこには秋子さんがいつもの笑みを浮かべて座っている。
「お、お母さん……」
名雪も驚いたような顔をして秋子さんを見ていた。
「いつの間に……?」
俺が尋ねると秋子さんはいつものように頬に手を当てて答えてくれた。
「そうね、手が止まってるよ、の辺りかしら?」
思わず真っ赤になる名雪。
俺もきっと負けずに真っ赤になっていると思う。
「手が止まってるよ」の辺りからだとほとんど全て見られていたことになるのだが……全く気がつかなかった俺たちって……。
いや、この場合は俺たちに気配一つ気付かせなかった秋子さんを流石と言うべきか。
「二人とも、仲がいいのもいいけどちゃんとやることはやっておきましょうね」
秋子さんはそう言うと、テーブルの上に氷の入ったガラスコップを置いた。
それからそれぞれのコップに持ってきていたポットからお茶を注ぎ込む。
「はい。少し休憩したらどうかしら?」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとう、お母さん」
しどろもどろな俺たちに対してやたら冷静な秋子さん。
流石と言うか何と言うか。
「それじゃ、頑張ってね」
そう言って秋子さんが立ち上がった。
俺が目で秋子さんを追いかけると秋子さんがドアの前で振り返った。
「ただし、別のこと頑張っていたりしたら間に合わないと思いますからそのつもりでね」
「あ、秋子さんっ!!」
真っ赤になる名雪と俺。
いや、特にそう言うことをしようとか言うつもりはないんだが、普段から結構心当たりあったりするだけに……。
「おばあちゃんって呼ばれるのはもうちょっと後にしてくださいね」
そう言って秋子さんがドアを閉じる。
閉じる直前、確かに秋子さんは微笑んでいた。
あれは確実に俺たちを、いや、俺をからかっていたに違いない。
まぁ、今の俺にそれに気付く程の余裕は無かったのだが。
「ゆ、ゆういち〜」
名雪が真っ赤な顔をして俺を見る。
一体俺にどうしろと言うんだ?
困ったように笑みを浮かべる俺。
「と、とりあえずだな、落ち着け」
そう言って俺はテーブルの上に置かれたコップを手に取った。
冷たいお茶が喉を通っていき、俺を落ち着かせる。
名雪も俺と同じようにお茶を飲んでいる。
「しかし秋子さんって謎だよなぁ。一体何処まで知っているんだか」
俺が呟くようにそう言うと、いきなり名雪がぶっとお茶を吹き出した。
「わっ!! ど、どうしたんだよ?」
ゴホゴホとむせている名雪の側に慌てて寄り、背中をさすってやりながら俺が問うと、名雪は咎めるような目で俺を見返した。
「酷いよ、祐一」
「何が?」
「お母さんが何処まで知っているかなんて。あのお母さんだよ?」
「ああ、あの秋子さんだよな」
俺は名雪が何を言いたいのかはかりかねていた。
あの秋子さんのことだ、俺たちのことなどとっくにお見通しだろう。
すでにすっかり深い関係にあるなんて事はきっと知っているに違いない。
それはそれで怖いことなんだが。
「私達が何も言わなかったら気がつくはず無いじゃない!」
名雪の発言に俺は豪快にずっこけた。
な、何を言っているんだ、こいつは!
「どうしたの、祐一? 床に突っ伏して?」
「お、お前は何を言ってるんだ!! 秋子さんが気付いてないわけないだろうがッ!!」
「ええっ!!」
本当に驚いてやがるよ、名雪の奴。
どうやら真剣に秋子さんが何も知らないと思っていたようだな。
天然だとは思っていたがまさかここまでだったとは。
「や、やっぱり……道理で最近……」
なんか俯いてぶつぶつ言っている名雪。
どうやら何か思い当たる節がないわけでもないようだ。
とりあえず俺は先程ずっこけた時に零したお茶をティッシュで拭き取り、それから再びテーブルの上のレポート用紙に向かおうとした。
秋子さんの言葉じゃないが、時間がないのは本当だ。
後で香里に泣きつくのだけは出来る限り避けたい。
………物凄く冷たい視線で見られるだろうからな。
そんな事を考えながらテキストに手を伸ばそうとすると、ぴとっと何かが背中にくっついてきた。
「…………」
くっつかれている背中がはっきりって暑い。
だが、その感触は妙にポヨポヨしていて気持ちいい。
「……なぁ、名雪」
俺は振り返らずに口を開いた。
「ん、何?」
俺の背中にぴとっとくっついている名雪が答える。
「レポート、余り余裕無いんじゃないのか、お前も?」
「大丈夫だよ」
「……暑くないか?」
「気のせいだよ」
「………胸、また大きくなった?」
「……祐一が揉んでくれるからね」
「…………一応言っておくが、秋子さんには完全に知られているんだぞ?」
「だからだよ。知られているんならもっと堂々としようよ」
そう言って名雪は身体を少し上に動かし、俺に頬擦りしてきた。
「祐一〜、さっきの続き〜」
無邪気そうな笑顔でそう言う名雪。
俺は片手で名雪の頭を自分の方により引き寄せてから、自分の首を捻って後ろを向いた。
そしてゆっくりと唇を重ね合わせる。
軽く唇を重ねるだけのキス………のつもりだったのだが。
いつの間にか名雪の腕が俺の肩に回されていて、更に名雪は舌を俺の口の中へと侵入させてきた。
いわゆるディープキスって奴だな。
………何を冷静に分析しているんだ、俺ッ!!
こ、このパターンはやばいッ!!
俺は慌てて名雪の肩を掴んで引き離そうとするが、名雪はがっちりと俺の肩を掴んで離さない。
慌てている俺とは対照的に名雪がゆっくりと唇を離していく。
「ふふふ……」
ウットリとした、少し潤んだ目で俺を見つめる名雪。
「ゆ・う・い・ち」
ああ、もうダメだ。
こうなったらもう止められない。
「今日は気兼ねなく、ね」
そう言って微笑む名雪。
ああ、また流されるのね、俺。
………秋子さんに後で何を言われるやら………。
「祐一、好きだよ」
名雪が俺を押し倒しながらまた唇を重ねてきた。
そして、そのまま………
END……?
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