状況は非常に良くないような気がする……。

時刻は朝の8時を過ぎた頃だ。

これ以上家にいると遅刻はほぼ確実になるだろう。

しかし。

わかっているのだが動けない。

身体をぎゅっと締め付けられて動けないのだ、俺は今。

一体どうしてこういう事になったのか……。

それを考えるとため息が出てくる。

ふうぅ……。

「うにゅ……くすぐったい……」

ため息が丁度耳に当たったのか、俺の身体をぎゅっと締め付けて離さない物体からそんな声が上がる。

一瞬、起きたか、と言う淡い期待を抱く俺だがほぼ同時に上がった「くー」と言う可愛い寝息にがっくりと肩を落とした。

こういう状況でなければそれはそれでいいのかも知れない。

だが、今は。

「お前今度遅刻したらやばいんじゃなかったのか、名雪……」

俺は力無くそう呟き、さっきから俺を抱きしめて離さない名雪を見つめた。



名雪と一緒〜お目覚め編〜



事の発端は昨日に遡る。

俺は例によって名雪の声入りの目覚まし時計で目を覚ました。

『あさ〜あさだよ〜』

いつもの事ながら余計に眠気を誘う声である。

『今日はお目覚めのキッスがご希望だよ〜』

何ぃっ!?

思わず俺は飛び起きてしまった。

時々名雪が俺のいない間に部屋に入ってきて何かやっていると言う事は知っていたが……まさか目覚まし時計に入れている声を変えているとは。

機械音痴なわりには良くやる、と思わず感心してしまう俺。

『あさ〜あさだよ〜。今日はお目覚めのキッスがご希望だよ〜』

ううむ、聞いていて恥ずかしくなってきた。

とりあえず真琴やあゆや秋子さんに聞かれる前に止めておこう。

まぁ、秋子さんはともかく、真琴とかあゆがこの時間に起きだしているとも思えないが(何せ二人は学校にも行っていないただのぷーたろーだからな)。

目覚ましを止めた俺はごそごそとベッドから起き出すと、まず大きく伸びをした。

それからさっさと着替えを済ませて隣の部屋へと向かう。

いつもならあの大音響の目覚ましの合唱が聞こえてきてもいいのだが、今日に限っては聞こえてこない。

その事を不審に思いながらも俺は名雪の部屋の前に立った。

「お〜い、名雪〜、起きろ〜」

そう言ってドアをノックしようとして、俺はその手を止めた。

中から声が聞こえてくる。

しかも何処かで聞いた事のある声。

いや、て言うか俺の声じゃないか、これって。

ま、まさか……あれだけ使うなって言っておいたのに!

俺は慌てて名雪の部屋のドアを開けた。

すると部屋の中では名雪がうっとりとした表情である目覚まし時計を見つめているではないか。

名雪が持っている目覚まし時計には見覚えがある。

ここに来て一番始めに貸して貰い、そして俺と名雪を本当の意味で結びつけてくれたあの目覚まし。

あれには……出来れば思い出したくないくらい恥ずかしいメッセージが入っている。

まぁ、名雪にとっちゃ絶対に忘れたくないメッセージらしいのだが。

『俺は本当に……名雪の事が好きみたいだから……』

だぁぁぁぁぁっ!!!

一番最後までいってるぅぅっ!!

俺は名雪の側に駆け寄るとその手から目覚まし時計をひったくった。

「あ……」

あっと言う間の事だったので名雪にはどうする事も出来ない。

俺は名雪の手から奪い取った目覚ましのスイッチを切ると、ほっと肩の力を抜いた。。

「あ〜。酷いよ、祐一〜」

名雪が俺を見上げて口を尖らせる。

「お前なぁ、これは使ってくれるなって何度言えばわかるんだよ……」

俺は呆れながらそう言った。

「でもこれを使ったらすっきりと起きれるんだよ?」

そう言って名雪は小首を傾げた。

「私がすっきり起きられたら祐一も毎朝私を起こすのに力使わなくていいんじゃないかって思って……」

う〜む、確かにそれは名雪の言う通りだ。

毎朝毎朝、名雪を起こすのははっきり言って重労働である。

只でさえ寝起きが悪いのに、ふと気を抜けばすぐに眠ってしまう名雪だ。

それをなんとか覚醒させて学校まで連れて行くのは既に俺の重要な役目の一つになっている。

だからか、学校に着いた時点で俺は既にヘトヘトになっていたりするんだが。

「まぁ、確かに名雪の言う事には一理ある」

俺がそう言うと、名雪はでしょ?と言わんばかりに笑みを浮かべて頷いた。

「しかし! これを使われると俺はとっても恥ずかしい!! 故に!! こいつは使用禁止だ!!」

ビシィッと名雪を指さして俺は言い放つ。

「え〜〜」

当然のように名雪が不服の声を上げるが俺は容赦しない。

「尚、これをまた使ったならば即刻録音は消す。いいな?」

「え〜。酷いよ、祐一。横暴だよ〜」

「何と言われようとこればっかりは譲れんのだ」

普段名雪には甘いと言われる俺だが、ここはビシッと言っておかなければ。

この録音を秋子さん、あゆ、真琴などに聞かれたら恥ずかしくてこの家に居れない。

他の奴……香里辺りに聞かれでもしたら何と言われるか、考えただけでもぞっとする。

あ、よく考えたら真琴に聞かれたら天野にも話が行くんじゃないか?

何かどんどん広まりそうだな……やはりこの録音は残しておくべきではなかったのかも。

「ぶ〜ぶ〜」

頬を膨らませてブーイングする名雪。

しかし……その姿があまりにも可愛かったので心が揺らいだのだが……こ、こればっかりはどうしても……。

「な、何と言われようと駄目なものは駄目だ」

「じゃあ……」

名雪がまだ頬を膨らませたまま、俺を見る。

ふとイヤな予感。

また「祐一の晩ご飯は全部紅ショウガ」とか「祐一の晩ご飯は全部たくあん」とか言い出すのではないだろうか?

または「百花屋のいちごサンデー、5個」とか。

出来ればどれもご遠慮願いたい。

「じゃあ……明日からも祐一がちゃんと起こしてくれるんだよね?」

それを聞いた俺は思わず胸を撫で下ろしていた。

良かった……晩ご飯は○○系でなければいちごサンデーX個でもなくって。

「あ、当たり前だ!それに今も毎日ちゃんと起こしてやっているだろ!」

俺が安心したのを気付かれないように、わざと強い口調で言う。

名雪はそんな俺を見て、笑みを浮かべた。

「うん、それじゃ明日からもお願いするね、祐一」

そう言ってにっこりと微笑む名雪。

その笑顔、まるで天使のような笑顔に俺はくらくらしかけていた。

しかし、この時名雪が何を考えていたか、神ならぬ身の俺は知るよしもなかったのだ。





































そして今朝。

いつもの時間に何時もと変わらず、あの目覚ましが鳴り始める。

『あさ〜あさだよ〜』

毎度の事ながら余計に眠りを誘うな、名雪の声は……と思いながら起き出す俺。

『今日は祐一が直接起こしに来るんだよ〜』

約束したからな……って、おい!

昨日の今日だぞ!

何時の間に録音し直したんだ、名雪の奴は……侮れないな、意外と……。

『直接だからって変なことしちゃ……やだよ……』

続きの言葉を聞いた俺は思いきり枕に頭を突っ込んでいた。

何を考えているんだ、あいつは。

もしかして変なことを俺がするとでも思っていると……期待されているのだろうか。

まぁ、それはそれでなかなかおいしいシチュエーションな気もするが、流石に朝からは色んな意味でやばいだろう。

それに時間もないし。

時間があればやるって意味じゃないぞ、一応。

そんな事したら何時真琴とかあゆにばれるか(もう既にバレバレという気もするが)。

とりあえず聞いていて恥ずかしいので目覚ましを止め、俺はベッドから降りた。

着替えてから名雪の部屋に向かうのは昨日と同じ。

隣の部屋から何も聞こえてこないのも昨日と同じ。

……って何ぃっ!?

俺は猛烈にイヤな予感を覚えて名雪の部屋の前までダッシュ(短い距離ではあるが)し、ドアを激しくノックした。

「起きろっ!!名雪っ!!」

中からは何も反応もない。

俺は左右を見回し、誰も廊下にいないことを確認すると名雪の部屋のドアを開けた。

いつもなら目覚まし時計の大合唱でとてもじゃないが耳を閉じなければいられないのに、それがないと何と静かなことか。

で、部屋の主は気持ちよさそうにお布団にくるまって夢の中ってわけ。

「こいつ……俺が起こすって信じ切ったな……」

俺は苦笑いを浮かべつつ名雪の側まで近寄った。

おそらく名雪は俺が絶対に起こしてくれると信じ切り、目覚まし時計のセットをしなかったのだろう。

「まぁ、確かに約束したしな」

そう呟いて俺は名雪がくるまっている布団に手をかけた。

ゆさゆさ揺さぶってみるが全く反応がない。

尤もその程度で起きるとは全く思っていないのだが。

さて、今日はどうやって起こすか。

そう簡単に起きる名雪じゃない。

いつもなら目覚ましの大合唱である程度覚醒に近い状態にまで引き上げられているはずなのだが、今日はそれすらない。

俺が名雪をどうやって起こそうかと頭を捻らせていた時だった。

いきなり名雪がむくっと起きあがったのは。

思わずびびる俺。

名雪はぼうっとした目で左右を見回し、俺を見つけるとぺこりと頭を下げてきた。

「うにゅ……」

あ、これはダメだ。

完全に寝ぼけている。

そう思った俺がまた肩を揺さぶってみようと手を伸ばした時だった。

名雪はニッと笑うと伸ばした俺の手を掴み、そのまま俺を自分のベッドへと引きずり込んだのだ。

「うわっ!!」

俺が声を上げている間に名雪は俺の予想以上の力で俺をベッドにまで引きずり込み、そして俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。

「な、な、な、名雪っ!?」

驚きと戸惑いの混ざった、そしてやや狼狽気味の声を上げる俺。

一瞬起きているのかと思った。

だが、それは違うとすぐさま認識させられる。

「くー……」

ああ、確かに予想はしていたさ。

しかし、まさかこうなるとは思ってもみなかったよ、俺は。

とりあえず心の中で嘆きながら俺は脱出を試みる。

いや、このまま名雪に抱きしめられたままで、柔らか〜い名雪の身体の感触を楽しむという選択肢も無いわけではないが、それをやると最後まで理性が保てるかどうか不安だし、何より時間もないし。

時間があったらこのままなのか、と言われると力一杯「そうだ!」と肯定の意志を伝えてやってもいいのだが。

……違うだろう、俺。

「よいしょっと…」

そう言って身体を動かそうとすると、何故か名雪の腕に力が込められた。

「うお!?」

身体を離すどころか余計に密着したような気がする。

顔のすぐ側に名雪の顔があって、俺の胸の下ではなかなかな弾力のある名雪の胸が押しつぶされていて、いつの間にか名雪の足が俺の足にからみついている。

いかん、完全に密着しているではないか!

しかも体勢が微妙で身体に力が上手く入らない!

つまりは逃げられない!?

何というか蜘蛛の巣にかかった蝶みたいなもんで、俺が捕まった蝶で蜘蛛は名雪?

何てこったい!!

名雪を起こしに来てこんな事態に陥ったのは流石に初めてだぞ!



































名雪に絡みつかれてからどれだけ時間が経ったのか時計を見てみる。

この部屋にいると時計を見るのだけには不自由しないな。

時刻は既に8時半を過ぎていた。

完全に遅刻だ。

この後で学校に行ったら香里や北川に何て冷やかされるか……。

はぁぁ……。

何度目かのため息。

「ふふっ……」

聞こえてきたのは小さな笑い声。

それに俺が気がつくと、その声を出した本人は慌てた様子で目を閉じていた。

「く、くー……」

あからさまな程に白々しい寝息。

……こいつ、起きているな。

俺がそう確信出来たのは何となく名雪の顔が上気していることに気がついたからだ。

普通に寝ているならそう言うことはないと思う。

何時なのかは知らないが、とにかく名雪は目を覚ましており、その上で俺を放さずぎゅっと抱きしめているわけだ。

俺は何も言わずにじっと目を閉じ、頬を少し赤くしている名雪の顔を覗き込んだ。

少しに間それを続けていると名雪が片目をうっすらと開け、俺の方を見、慌ててその目を閉じた。

「な〜ゆ〜き〜」

俺がそう言うと、名雪は目を開けてぺろっと舌を出して見せた。

「えへへ、お早う、祐一」

悪戯っぽく笑いながらそう言う名雪を俺はじっと睨み付ける。

「お前なぁ、お早うじゃないぞ。今何時だと思っているんだよ?」

「えっと、大丈夫だよ」

「何が大丈夫なんだよ?」

「祐一と一緒なら遅刻したって平気だよ」

「俺は困るんだが」

「それに……祐一ももう我慢の限界でしょ?」

そう言って名雪は蠱惑的な微笑みを浮かべた。

その笑みに思わずたじろぐ俺。

このパターンはやばい。

頭の何処かで何かが警鐘を鳴らしているのがわかる。

だが、今の俺は逃げられない。

「祐一……しようか?」

それは物凄く魅力的な誘惑。

しかし、ここでそれに負けるわけには……。

「ほら、もうこんなに……」

こ、こらっ!!

何処触ってんだ、お前は!!

焦る俺を尻目に名雪はそっと目を閉じ、元々近い位置にある顔を俺の方に更に近付けて来る。

そのまま重ねられる唇同士。

「んっ……んんっ……」

くぐもった声が静かな部屋に響く。

「はぁ……」

離れた唇と唇の間に銀色の橋が生まれる。

名雪は下から上気した顔で俺を見つめて……。

「ゆ・う・い・ち」

その声はあっさりと、そう、至極あっさりと俺の中の理性をとろかしていく。

もう時間なんてどうでもいい、遅刻したって構わない。

今、この時間を、刹那の快楽に委ねることがどれほどの罪悪なのか。

俺にはそれを問う程の理性はもう残っていなかった。

「しよ……?」

名雪の声に誘われるまま俺は……。

END……?


後書き
作者D「妄想シリーズ第2弾」
かおりん「はぁぁぁ………」
作者D「ンな切なそうにため息つかなくても」
かおりん「つきたくもなるわよ。折角昨日の時点で更新出来ていたのにこれを書いていたから一日延びたっていうのが申し訳なくて」
作者D「では代わりに謝ってください」
かおりん「いっぺん死んでくる、マジで?」
作者D「冗談ですよ、冗談(大汗)」
かおりん「それで、幾つか聞きたいことがあるんだけど」
作者D「どうぞ」
かおりん「まず何で名雪がこうもHな子になってるの?」
作者D「私的にはそれの理由付けがありますが。後は師匠の影響かと」
かおりん「その理由は話せないの?」
作者D「単純にやりたい盛りではないんですよ。名雪にしたら同じ家に真琴とかあゆとかいるわけですし、他にも栞やら舞やら佐祐理さんやら天野がいるわけでして、祐一とは恋人同士だけど何時他の人に目がいくか不安でしようがない。それに祐一に対する長年の思いが溜まりに溜まって吹き出し、ああ言う形になっていると。後、真琴やらあゆやらに酷いことするのも同様の理由です。これはむしろ牽制に近いのですが」
かおりん「長々と解説ご苦労様。で、ちょっと今ので気になったんだけどどうして私の名前がないのよ?」
作者D「あれ? そうでした?」
かおりん「意図的かい!!」
作者D「だってかおりん様まで入れたら名雪に味方がいなくなるじゃないですか。尤もこれらのシリーズものの中ではかおりん様の立場は微妙なんですが」
かおりん「どう言う意味よ?」
作者D「親友である名雪のフォローをしなくてはならないわ、妹である栞のフォローをしなければいけないわ、言いよってくる北川君を撃退しなければならないわ」
かおりん「う……確かに……」
作者D「で、他の質問は?」
かおりん「そ、そうね。今回の内容に関してだけど名雪は何処までこの状況を考えていたのかしら?」
作者D「と言いますと?」
かおりん「最初っから最後まで相沢君は名雪の手の上で踊らされていたのかってこと」
作者D「多分9割はそうでしょう。目覚ましの録音も確信犯的ですから。ですが抱きついて離さなかったのはやはり寝ぼけて、だと思います」
かおりん「まぁ……多分そうでしょうねぇ」
作者D「何せけろぴーが側にいませんでしたので」
かおりん「そういえばそうね?」
作者D「只忘れていただけですが」
かおりん「やっぱり死んできなさい、一度と言わず何度でも」
作者D「で、他に質問は?」
かおりん「そうねぇ……何で秋子さん達が来なかったのか、それが疑問なんだけど」
作者D「まず居候’sの二人はあの時点でまだ寝ておりました。秋子さんは『あらあら、若いって本当にいいわねぇ』とか言っていたのではないでしょうか」
かおりん「秋子さんならあり得そうで怖いわ……」
作者D「さて、これも前の『お風呂編』と同じく最後は想像にお任せします。秋子さんがでてこようとあゆや真琴が乱入してこようとかおりん様が様子を見に来ようと全てはあなた次第!」
かおりん「無責任な……」
作者D「こう言うのもあり!!」


戻りませう

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