夏・・・である。
この雪の多い街にもちゃんとやってくる辺り、季節というものは意外と律儀なもののようだ。
あまり長い期間暑いというわけでもないが、やはり暑いものは暑い。
だからと言ってエアコンを全開にしているのも体に悪そうだ。
そう思って彼女は部屋のエアコンを切り、窓を開ける。
さわやかな風が・・・・入ってこない。
入ってくるのは異常なくらい熱せられた暑苦しい熱気だけ。
一気に汗が噴き出してくる。
慌てて彼女は窓を閉め、再びエアコンをONにする。
涼しい空気が部屋の中を満たしていき、彼女は勉強机の椅子に腰を下ろして安堵のため息をついた。
「ビバ・・・・文明の利器・・・」
何処かの腹ぺこの旅の人形遣いみたいなことを、つい口にする。
と、そこに・・・。
「あー、お姉ちゃんまたエアコン全開にしてます〜」
そう言って彼女の妹が入ってきた。
彼女はずかずかと部屋の中まで入ってくると、エアコンのリモコンを手に取り、素早く電源をOFFにした。
「ああ、なんて事をするのよ、栞!?」
驚きの声を上げる姉。
「エアコンにばかり当たっていると体によくないです。だから、自然のままが一番なんですよ、お姉ちゃん」
少し怒ったように妹が言う。
「それに・・・・ここ、私の部屋です」
 
魔法少女ろじかるかおりんEX
『真夏の海の激闘!水着クイーンは誰だ!?』(とりあえず前編)
 
妹の部屋を追い出された美坂香里は一気に気温の上がった廊下で汗をだらだら流しながら(もちろん今さっきまでエアコンの効いた部屋にいたからなのだが)妹の部屋のドアに寄りかかっていた。
「栞〜・・・お姉ちゃんはあなたを暑さで苦しんでいるお姉ちゃんを追い出すような子に育てた覚えはないわよ〜」
弱々しい声でそう言う香里。
「私も育てられた覚えないですぅ〜」
中からそう言う声が帰ってくる。
香里はそのままずるずるとドアにもたれたまま廊下に崩れ落ちていった。
少しの間そのまま廊下に倒れていた香里だが、妹は出てこないし、暑いしで、何とか気合いを入れて起きあがると自分の部屋に戻っていった。
すぐ隣にある自分の部屋・・・しかし、そこは妹の部屋とは天地の差があった。
元々体の弱い、病弱だった妹の部屋には特別いい環境が整えられている。
エアコンはある、空気清浄機はある、電話も専用に取り付けられている。もちろん電話は彼女が動けない場合の緊急用にあったのだが、奇跡的に回復した彼女はその環境を最大限に利用しまくっていた。
「私の部屋にもつけて貰うべきだったわ・・・」
自分の部屋に入り、ドアを閉じる。
その時点で彼女は既に汗びっしょりとなっていた。
香里の部屋にはエアコンなどと言うものはない。流石に冬場はつらいので電気ストーブはあるのだが、この時期に使用するものでは決してない。
一応窓は開けられ、網戸になっているが・・・風など入ってこず、ただただ暑いだけであった。
ドアのすぐ前に立ちつくしながら香里は呆然としたまま、その暑さを感じていた。
噴き出す汗、だんだんイライラしてくる。
室内着のタンクトップは既に身体に張り付き、気持ち悪いことこの上ない。
香里は何かを決意すると、さっと勉強机に近寄り、机の上に広げっぱなしになっていた参考書やノートをテキトーに鞄に詰め込むと、ハンガーにかけてあった白い半袖のブラウスを羽織った。
「・・・何処か行くの、かおりん?」
あまり大きくはないがはっきりと声が聞こえてきた。
どことなく気怠げな声である。
正確に言えば暑さでダウンしているような感じの声。
「このくそ暑い環境で勉強もないにもないわ。図書館にでも行って涼んでくるの」
その声にそう答え、香里はサングラスを手に取った。
「涼みに行くなら私も連れてってよ〜」
気怠げな声はどうやら香里のベッドの方から聞こえてくる。
香里は呆れたようにベッドを見た。
「あのね・・・あんたは人にそうそう姿見せたらいけないんじゃなかったの?」
「ん〜・・・今回だけは例外だよ〜」
そう言ってベッドに小さな人影が立ち上がる。
身長30p程の小人・・・背中には透き通った羽根があることからおそらくは妖精、なのであろう。
「全くいい加減な話よね・・・」
呆れたように香里は言い、鞄の口を広げた。
「ほら、行くわよ、だよもん」
ベッドの上の妖精が力無く背中の羽根を羽ばたかせて、ふらふらと飛び、香里の鞄の中へと入っていく。
「それじゃ出発進行だよ〜」
香里の鞄の中に入った妖精・だよもんが片手を上げてそう宣言する。
ため息をつきつつ、香里は部屋を出ていった。
一歩家の外に出ると・・・物凄い暑さであった。
大きめの帽子をかぶり、サングラスをかけ、照りつける夏の太陽の下を歩き始める。
道の向こうには陽炎が立ち上り、一歩進むごとに汗がしたたり落ちる。
「・・・地獄ね・・・」
思わずそう呟き、汗を手で拭う。
まだ家の中にいた方がましだったかもしれない・・・香里がそう思ったのは商店街に差し掛かった時であった。
遙か前方から土煙が上がっているのを見、またか、と肩をすくめる。
「・・・懲りないわね・・・」
そう呟くと、彼女はいつも首にペンダントのようにかけている魔法の杖(縮小版)を手にした。
 
その頃・・・月宮あゆは例によって手に鯛焼きの入った袋を抱えたまま、必死に走っていた。
「うぐぅ〜、どいてどいて〜」
夏でも冬でも変わらず同じように叫びながら疾走するあゆ。
と言うか、よくこの夏の時期にあったな鯛焼きなんぞ。
「ここの鯛焼き屋さんは年中居てくれるんだよっ!!」
あ、そう言うこと。
それはともかくあゆが必死に走っていると、その前方にすっと人影が現れる。
手には少々長めの棒を持った、長い髪が少しウェイブしている女の子・・・。
その女の子がすっと手に持っていた長めの棒を振りかぶった。
それに気付いたあゆだが、足は止められない。
「う、う、う、うぐぅ〜〜〜〜!!!やめて〜〜〜〜!!!」
あゆが涙目になって叫ぶがもう遅い。
「星になりなさぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!」
かきーーーんっ。
長めの棒が確実にあゆを捕らえ、あゆは空高く吹っ飛ばされていき・・・・キラーンと光った。
「全く・・何度も何度も懲りないわね・・・」
そう言ったのは・・・香里そっくりの少女・・・イヤ、少女という歳でもないか。
ギラン。
にらまれた・・・。
・・・・とにかく、その場にいたのは我らが魔法少女ろじかるかおりんなのであった。
ちなみに今回の服装はフリフリのサマードレス。
ろじかるかおりんは頭をかきながら道の向こうから走ってくる鯛焼き屋の親父を見た。
「こっちも懲りないわね・・・」
いい加減呆れたようにかおりんは呟いた。
鯛焼き屋の親父が辿り着かないうちにかおりんはすっと手に持っていたマジックワンドを一振りし、変身を解く。
フリフリサマードレスからブラウスに短パン姿の香里へと戻っていくのにほんの数秒もかからない。
また汗が噴き出してきた。
香里はため息をつくと、さっさとその場を離れることにした。
 
図書館に辿り着いた時には上に着ていたブラウスもすっかり肌に張り付いていた。
中にはいると涼しい空気が・・・全くなかった。
「・・・何で?」
思わず呟いてしまう。
とことこと歩いていくと壁に張り紙が。
『冷房故障中です。申し訳ありません』
と言うメッセージ。
香里はその紙を引っぺがすと、両手で握りしめ、更に床にたたきつけた。
それからくるりと向きを変え、図書館から出ていった。
その後ろ姿をじっと図書館にいた人たちが見送っていた。やや呆然としながら・・・。
 
「こんな事だったら家でじっとしていた方がましだったわ・・・」
ぶつぶつ言いながら香里は商店街を歩いていた。
だよもんは鞄の中でぐったりとしている。
もはや言葉もないようだ。
「全く栞がおとなしくエアコンを使わせてくれたら何も問題ないのに・・・お父さんもお母さんも栞には甘いんだから・・・」
まだ文句を言っている香里。
その時・・・。
「香里〜、香里香里香里〜〜〜〜!!」
商店街の奥の方から声が聞こえてきた。
それを聞いた香里はこめかみを押さえながら振り返る。
「あのねぇ・・そんなに名前を連呼しなくても充分聞こえているから・・・」
「香里ぃぃぃぃっ!!!!」
名前を呼びながらその少女は香里にぶつかってきた。
豪快に倒れる二人。
「香里〜探していたんだよ〜」
香里の上にいる少女、水瀬名雪がそう言って下敷きにしている香里を見る。
「解ったからどいて・・・暑い・・・」
香里は名雪の体重と密着された身体の体温、それに太陽光線によってグロッキー状態に陥っていた。
「あれ・・・?香里?」
いつのまにか香里はすっかり気を失っていた。
 
何となく寒気がして、体がびくっと震える。
はっとなって香里は目を覚ました。
「・・・ここは?」
「百花屋だ」
ぶっきらぼうな声。
香里が声のした方を見ると、そこには不機嫌そうな顔をした相沢祐一がいる。
「・・・どうして?」
「お前が気を失ったから俺がここまで運んできたんだよ・・・」
どうやら不機嫌の理由はその辺りにありそうだ。
「そうだったの・・・ごめんなさい・・・」
「イヤ・・・問題はあいつの方だ・・・」
そう言って祐一が視線を横にずらすと・・・そこには空っぽのサンデーグラスをいくつも並べて幸せそうに新しいいちごサンデーを食べている名雪の姿があった。
「・・幸せそうね・・・」
香里がぽつりと呟く。
「幸せだよ〜〜〜」
本当に幸せそうな、そしてうっとりとした恍惚の声で名雪が言う。
頭を抱える祐一。
「誰が払うと思っているんだ、こいつは・・・」
「ああ、そう言う訳ね・・・」
納得したように香里が言う。
そこで彼女は思い出す。
何故自分が気を失う羽目になったのか。それはそもそもこのくそ暑い時に名雪が飛びついてきたからではないか。
それを思い出すと流石の香里もむかっとなった。
幸せそうにいちごサンデーを食べている名雪の手からスプーンといちごサンデーの入ったグラスを奪い取ると素早く自分の口に運んでしまう。
「あ〜〜〜〜・・・・」
呆然となる名雪。
涙目で祐一の方を見る。
あえて祐一はそれを無視した。
「う〜〜〜〜・・香里、酷いよ・・・重罪人だよ・・・・市中引き回しの上極刑だよ〜」
恨めしそうに香里を見ながら言う名雪。
「何処でそんな言葉覚えてくるのよ・・」
呆れたようにそう言う香里。
「ところで私を捜していたんじゃなかったの?」
「あ・・・すっかり忘れていたよ・・・」
「・・あんたね・・・」
またこめかみを押さえる香里。
「まぁ、良いわ。で、何?」
「えっと・・・ねえ祐一から言ってよ・・・」
名雪はそう言って隣に座っている祐一の肘をつつく。
「何で俺が言わなきゃならないんだよ・・・だいたい言い出したのは俺じゃなくってお前だろ?」
そう言って祐一は肘を自分の方へと引き寄せる。
「うん・・でも・・・」
少し甘えたような視線で名雪が祐一を見る。
この視線に祐一は弱い。
少しだけ頬を赤らめながら祐一は香里の方を見、口を開く。
「実はだな・・この前商店街で福引きがあっただろ?」
「・・そう言えばあったわね。栞がやったけど全部はずれで悔しがっていたのを覚えているもの」
もっとも私は五等の商品券当たったんだけど、と心の中だけで付け加える。
「あの時の福引きでだな・・秋子さんが特等を当てたんだよ・・・」
何故か疲れたように言う祐一。
名雪の方を見るとやはり何処か疲れたような暗い顔をしている。
「・・よかったじゃない。何か問題でもあるの?」
香里が二人の顔色に疑問を持ちながらそう言うと、祐一と名雪はそろってため息をついた。
この辺り、二人はよく似ている・・・そう香里は思った。
流石は従兄弟同士・・と言うべきか?
「この時期にだな、温泉旅行と言われてもな・・・」
「そうだよ・・・私も祐一も受験があるのに・・・」
二人そろってまたため息をつく。
またしても息がぴったり、である。
香里はどちらかというとそのことに感心していた。
「・・・それが私とどう関係があるの?」
「・・・秋子さんは行く気満々なんだよ」
「真琴もそれに乗り気でね・・・」
真琴というのは名雪の家に居候している記憶喪失(自称:祐一談)の少女・沢渡真琴のことだ。
香里も何度か名雪の家に行った時に見かけている。
どちらかというと人見知りの激しい子だと香里は認識している。
「へぇ・・・ならその二人で行かせれば・・・と言うわけにもいかないわね」
香里は名雪と祐一を交互に見ながらそう言った。
この二人、確かに従兄弟同士だが、名雪は祐一のことを好きだと言うし、祐一は曲がりなりにも男である。特等の温泉旅行が何泊かは知らないが二人きりにしておいて何か間違いがあってはいけない。どちらかというと祐一が名雪に何かする、と言うよりも名雪が祐一に襲いかかっていくようなそんな気がしてならない。
「・・ねぇ、まだ私がその話にどう関係してくるのか解らないんだけど・・・」
香里がややきょとんとした顔で聞く。
「と言うことで、だな」
祐一がそう言ってにやりと笑った。
その笑みに香里は何かイヤな予感を覚える。
「香里にも来て欲しいんだよ」
名雪が続ける。
彼女は屈託のないいつもの笑顔。
だが、このときばかりは彼女の笑みに何か含まれているのを香里は感じ取っていた。
要は・・・死なば諸共、と言うことなのだろう。
「・・・悪いけど・・・ご家族で楽しんできてね」
そう言って席を立とうとする香里。
「ちなみに栞は来ると言っていたぞ」
祐一がぽつりと呟くように言う。
ぴたりと香里の動きが止まる。
「北川君も来るって言ってたよ」
名雪が言うがそれははっきり言ってどうでもよかった。
問題は栞、である。
「・・どういう事よ?」
また椅子に座り、じろっと二人を睨み付ける。
「イヤ、お前に会う前に栞と会ったんでそのことを話したら『一緒にいきたい』って言うから」
「私達は別にいいもんね〜」
そう言って互いに顔を見合わせ、頷きあう祐一と名雪。
香里は憮然とした顔で二人を見た。
「・・・そうか、香里は行かないのか。それは残念だな」
「本当だよ・・・でも仕方ないよね。香里には香里に事情があるもんね・・・」
そう言って立ち上がる二人。
一見あきらめたような感じだが、既に二人は確信していた。
香里は必ず来る、と。
「ちょっと待ちなさいよ・・何も行かないとは言って無いじゃない・・・」
そう言って香里も立ち上がる。
その言葉を聞いた祐一と名雪は香里に見えないようにぐっと拳を握り、ガッツポーズをとった。
 
電車ががたごとと走っていく。
窓を開け、外から入ってくる風に髪をなびかせながら香里は旅情に浸っていた。
「香里、暑いから閉めてくれ」
旅情もへったくれもない一言を祐一が言う。
「・・あのねぇ、人が旅の気分を味わっているのにそんなこと言わないでくれる?」
そう言いながら呆れたように香里は祐一を見る。
「でも暑いですよね・・・窓を開けていると・・」
栞がそう言うと、香里はすぐさま窓を閉めた。
「これでいい、栞?」
「ありがとう、お姉ちゃん」
そう言って笑顔を見せる栞。
それを見て幸せそうな顔になる香里。
「シスコン姉妹が・・・」
二人に聞こえないように祐一が呟く。
「祐一、祐一、こっちでトランプしない?」
そう言って真琴が祐一の側にやってきた。
「あ〜、私も良いですか?」
栞がそう言って顔をのぞかせると、真琴は笑顔で頷いた。
「やれやれ・・・だな・・・」
祐一がそう言って立ち上がり、真琴達のいる席に向かう。
栞は先に真琴と一緒に向かったようだ。
香里は二人がいなくなると再び窓を開けた。
外から吹き込んでくる風が心地いい。
人工の冷房にはないものがある。
「かおりん、暑いよ・・・・」
香里の側に置いてある鞄の中から声がする。
ひょこ、と顔をのぞかせたのはしっかり着いてきただよもんだ。
香里はそれを見ると何も言わずにぎゅっとだよもんを押さえつけ、鞄の中へと押し込んだ。
「はうう〜〜、何するんだよ〜」
鞄の中に突っ込んだ手の下から声が聞こえてくるが香里は無視した。
「はうう〜〜〜」
しばらく鞄の中でじたばたしていただよもんだったがやがて疲れたのか抵抗しなくなった。
はぁ、とため息をつく香里。
そこに北川がやってくる。
「美坂、ここ良いか?」
そう言って彼女の正面の席を指さす。
「ダメよ」
一言のものに拒絶する香里。
泣きながら去っていく北川。
「容赦ないね〜」
また鞄から頭を出してだよもんが言う。
「少しくらい手加減してあげてもよかったと思うよ?」
「・・・私は一人で旅の気分を味わいたいの」
「それでもあれじゃ北川さんが可哀想だと・・・」
「そんなわけないじゃない。ほら」
香里が視線を北川の居る方へと向けたのでだよもんもそれに倣う。
するとそこには先ほどの落ち込みようが嘘のように北川が栞や真琴、秋子達と共にトランプに興じている姿が見えた。
「ああ、へこたれてない・・・」
がっくりと頭を垂れるだよもん。
「そう言うものよ・・・」
呆れたように言う香里。
「それより他の人に見つかったら大変だから中に隠れていなさい!」
まただよもんの頭を押さえつける香里。
もがくだよもんだが香里の力には敵わず、押さえ込まれてしまう。
しばらく鞄の中でだよもんがもがき、香里がそれを押さえつけるという小さな攻防が続いていたがそれに構わず電車は目的地へと進んでいった。
 
きらめく太陽が青い海に反射して綺麗に輝いている。
白い砂浜には水着を着た男女の姿。
「おおお・・・」
砂浜に立ち、感動している男二人。
「青い海!」
「白い砂浜!」
「輝く太陽!!」
「そして水着ギャル!!!」
感涙にむせび泣く男二人。
「生きてて良かった〜」
その男二人の頭に拳を落とす香里。
「馬鹿な事してないでホテルに行くわよ」
頭を抱えてしゃがみ込む男二人を冷ややかな目で見ながらそう言い放つ香里。
「ううう・・・やはり女には男の浪漫を理解出来ないようだな、親友よ」
「確かにそうだな、親友よ」
「はいはい、何時までも馬鹿やっているとおいていくわよ」
その言葉にようやく男二人が立ち上がる。
二人の側には大量の荷物が転がっていた。
いやいやながらそれを担ぎ上げる二人。
「祐一、行くよ〜!!」
少し先を行く名雪が二人を振り返り、声をかけてくる。
「そう言うなら少しは持ってくれ・・・」
げんなりした顔で祐一が言う。
「少しくらいなら持ってあげるわよ」
そう言って香里が笑みを見せる。
「イヤ!これくらい大丈夫だ!なぁ、相沢!!」
北川はやたら元気一杯だった。
それもそのはず、彼の持っている荷物の中には香里のものもあったからだ。
(この旅行は今までにないチャンスだ!ここで美坂に俺の凄さとか頼もしさとかをアピールしておけば・・・・)
とか考えているに違いない。
微妙ににやけた表情が物語っている。
「やっぱり自分の鞄くらい持つわ・・・」
そう言って香里は北川の担いでいる荷物の中から自分の鞄だけをとった。
「ああ、別に構わないのに・・・」
残念そうな顔をする北川。
(だよもんが心配なのよね・・・鞄の中に入れっぱなしだから・・・くたばってなければいいんだけど)
香里はそっと鞄を撫でた。
「祐一〜、香里〜、早く早く〜」
向こうの方で名雪が手を振っている。
「だからそう言うなら・・・」
「はいはい・・・」
げんなりした顔の祐一に少し呆れたような顔の香里。
その後ろで北川は涙をこぼしていた。
「・・・水瀬にとって俺は眼中にない訳ね・・・・」
 
とりあえず一同は荷物をホテルにおき、それぞれ水着に着替えてビーチにまでやって来ていた。
「とりあえずこの辺でいいですよ」
秋子がそう言って微笑む。
いかにも大人っぽい黒のワンピースパレオ付きを着て、大人の魅力満開である。更にサングラスをかけているが、ふりまかれている魅力は並大抵のものではない。これで17の子供がいるというのだから驚きだろう。
祐一と北川はそんな秋子の魅力に半ばメロメロになりながらも秋子の指定した場所にパラソルを立てている。
名雪は少しむっとした顔をしながら少し離れたところで祐一の姿を見ている。
更に離れた場所で香里はそんな名雪の様子を見て、苦笑を浮かべていた。
(やれやれ、そんなに好きならそうやって遠くから見ていたって仕方ないでしょうに)
腕を組んでそんな事を考える香里。
同じ事はさっきから自分の後ろで妙にもじもじしている妹にも言える事なのだが。
栞は買ったばかりの水色のワンピースを隠すように大きめのヨットパーカーを着込んでいる。わざわざこの日の為に買ったというのに、これでは意味がない。
「お、お姉ちゃん、これ変じゃないよね?」
もじもじとしている栞が心配そうに香里を見上げて尋ねる。
「あんたねぇ、何度同じ事聞けば気が済むの?」
着替えてからこのビーチに来るまで何度となく香里は栞の口から同じ質問を受け続けていた。あまりにも同じ事を聞くのでいい加減腹が立ってきているような気もしないでもないが、そこはそれ、優しい姉としては同じ事を言って安心させてやるのが一番だろう。
「大丈夫よ、充分可愛いわ」
やや呆れ気味にそう言って栞を振り返るが、そこには彼女の姿はなかった。
「おお、可愛いじゃないか、栞」
祐一の声が聞こえたのでそっちの方を見ると、パラソルを立て終え、砂の上に腰を下ろしている祐一の側に栞がいるではないか。
「え〜、そうですか〜? 実はこれ、この間デパートまで行って買ってきたんですけど、あまり自信が無くって〜」
真っ赤になり、照れ照れになった栞がそう言って全身を震わせている。その余りものブリッコぶりに、香里はこめかみがひくつくのを感じていた。
「あ、あの子は・・・・」
思わず怒りに拳を握りしめてしまう香里。
「お〜、美坂〜、その水着よく似合って・・・」
へらへらと笑顔を浮かべながらそう言って近寄ってくる北川。その顔面に容赦なく、やり場の無かった怒りの拳を叩き込むと、香里はその場に撃沈した北川を放っておいて祐一達の方へと歩いていった。
「な、何故・・・?」
撃沈した北川、そこから更に轟沈。
 
轟沈した北川をテキトーに砂に埋めたり、サングラスをかけて大人の色気満々の秋子にサンオイルを塗ったり、真琴が持ってきたビーチボールでビーチバレーをしたりしてあっと言う間に時間は過ぎていく。
物凄く綺麗な夕陽が水平線上に沈もうとしている頃、散々遊び疲れた一行はようやくホテルに戻ろうとしていた。
「おーい、忘れているぞ〜」
砂に埋められている北川の事はすっかり忘れ去られたまま。
「何か聞こえたか?」
「気のせいでしょ?」
パラソルを片付けている祐一と香里がそう言いあい、互いに頷きあう。
「何も聞こえなかったな」
「聞こえなかったわね」
「おおう!?」
本気で帰ってしまいそうになる祐一と香里を見て北川が焦ったような声を上げる。
そこに段々と満ちてきた海水が彼の顔を襲った。
「ぐぶわっ!!」
身体全体が砂に埋められており、海水をかわす事が出来ない北川。
「ぬおうっ!?」
必死に口に入った海水を吐き出し、北川は真剣焦ったように大きい声を上げる。
「ま、待て!!お前ら、俺を殺す気か!?」
だが既にその場に香里と祐一の姿はなかった。
「むおおおおっ!!男北川、こんなところで死んでたまるかぁっ!!!」
キラーンと光る北川の両目。
そこに容赦無くかぶってくる波。
「ぐほう!!」
それから数時間。
すっかり暗くなってからようやく本当に北川の事を思いだした祐一に救出されるまで彼のたった一人の奮闘は続いたのであった。
 
「だから悪かったって言ってるじゃないか」
「い〜や、絶対に許せない」
祐一と北川の二人はホテルの屋上にある天望露天風呂にやってきていた。
「晩飯だってちゃんと残しておいただろ?」
祐一が口を尖らせてそう言うと、北川はわざわざ彼を振り返った。
「それは当然だろうがッ!!だいたい俺は死にかけたんだぞ!!」
「お前があの程度で死ぬとは到底思えないんだがな・・・それ以上に死にそうな目に何度もあっているし・・・」
ついつい北川から目をそらせてしまう祐一。
北川はそんな祐一を少しの間半眼で見ていたが、やがて彼に背を向けて歩き出した。
湯船に入っても歩くのをやめずそのまま女湯との境目にまで辿り着く。
「・・・一応止めておくぞ、北川」
「そう言いつつ何でお前も側にいる?」
北川のすぐ横には何故か祐一の姿があった。
どうやらついてきていたらしい。
「まぁな、相沢よ。こうやってわざわざ海にまで来て尚かつこうして露天風呂という絶好のシチュエーションな訳だ」
そう言って祐一の肩を叩く。
「これで覗かなくして何が旅の思い出か。何が一夏の思い出か。何が漢の浪漫か」
ぐっと拳を握りしめて熱い目をして語る北川。
「わかるだろう、我が親友よ!!」
「おお、わからいでか、親友よ!!」
そう言って肩をたたき合う北川と祐一。
先程まで砂浜に埋められ怒っていた事などすっかり忘れている北川であった。
「とりあえずどうやるのだ、親友よ?」
祐一が期待のこもった目を北川に向けると彼は胸を張って境目の壁を指さした。
「このホテルにチェックインした時に調べておいたのだが」
「だからいなかったのか、お前・・・」
確かにチェックインした直後、北川は自分の荷物もそっちのけで姿を消していた。どうやらその間に露天風呂やらをチェックしていたらしい。
「まぁそれはともかく、チェックインした時に調べておいた事によるとこの天望露天風呂は男湯と女湯で左右対称に作られているらしい」
「ほほう」
「つまりは・・・あれを見ろ、親友よ」
そう言って北川が指さした先には都合良く松の木をかたどったような植え込みがあった。それの後ろにならば人一人か二人なら隠れる事が出来そうだ。
「なるほど、あの後ろの隠れようと言う事か、親友よ?」
祐一がそう言うと、北川は無言で親指を立てて見せた。
「しかしどうやってそこまで行くのだ、親友よ? ここからあそこまでは距離がある。向こうに人がいれば見つかる事は必定だと思うぞ」
「そこはそれ、任せておきたまえ、親友よ。幸いな事にあの植え込みまではずっと湯船が繋がっている。潜っていけば気付かれる事はそうはあるまい」
「おお、流石は親友。悪知恵が働くな」
「フッフッフ、誉め言葉として受け取っておくぞ、親友よ」
二人が低い声で笑いあう。
「では行くか、親友よ」
「おお、親友よ」
そう言ってざぶんと湯船に潜る二人。
境目の下側、湯船に使っている部分は大きめの格子になっている。どうやらそこに細工しておいたらしく、北川はその格子の一つを手にとってあっさりと外してしまった。それで格子の間に人一人分が通れるほどの隙間が出来る。
一度湯船から顔を出し、大きく息を吸い込んだ二人が再び湯船に潜り、移動を開始する。
すっと女湯の方に移動を完了した二人はそのまま湯船の中を潜水移動、植え込みの近くにまで辿り着く。
(ここが一番の危険ポイントだぞ、親友よ)
(ああ、確かに植え込みの後ろに入るまでが一番見つかる可能性が高いな、親友よ)
(ここからは慎重に慎重を重ねていくぞ、親友よ)
(了承だ、親友よ)
湯船の中で互いに頷きあい、ゆっくりと顔を出していくと、二人の目の前に白い太股が。
「ぬおっ!?」
「うおおっ!?」
突然目に入ってきた光景に驚きの声を上げてしまう二人。
「な・に・を・し・て・い・る・の・か・し・ら?」
バスタオルを身体に巻き、胸の辺りで腕を組んで容赦無く二人を見下ろしているのは香里。
いや、正確にはろじかるかおりん。
組んでいる腕の片方にはしっかりとマジックワンドが握られている。
「あ、いや、その・・・なぁ、親友よ?」
北川が焦った様子で隣にいるはずの祐一を見るが、その祐一は既に湯船の端から中央の方にまで引っ張り出されていた。
左右にはちょっと赤くなった名雪と栞。更に背中側には真琴もいた。
「おおお!? し、親友!?」
明らかに狼狽した北川の声。
だがそれもきゃいきゃい騒ぐ名雪達の声によって祐一には届かなかった。
「さて、お祈りは済んだかしら?」
ろじかるかおりんがそう言って満面の笑みを浮かべて北川を見た。
必死になって首を横に振る北川。
「何か言い残す言葉があれば聞いてあげるけど?」
やっぱり満面の笑みで言うかおりん。
「・・・か、かおりんって意外とナイスボディ」
「それじゃサヨナラ」
北川の最後の一言を聞いてからかおりんは手に持ったマジックワンドを振り上げた。その状態から物凄いアッパースイング。
キラーンと夜空の星になる北川。合掌。
北川の姿が星になるのを見届けたかおりんが今度は祐一の方を振り返るが、その祐一は物凄く困ったような顔をして女性陣のただ中にいた。いつの間にかその女性陣に秋子の姿まである。
その祐一とかおりんの視線がぶつかった。
祐一の目が明らかに助けを求めている。だが、かおりんはやや呆れたような顔をしてため息をついた。それだけである。
「・・・さて、私は行くけど、ほっておいて良いのね?」
それは名雪達に向けた言葉。
4人が大きく頷く。
この瞬間、祐一へのお仕置きは終わっていた。
「・・・自業自得よ・・・」
そう言ってかおりんは湯船から出ていった。
「うぎゃあああ〜〜〜〜、やめてくれ〜〜〜〜〜〜っ!!」
祐一の叫び声を背に聞きながら。
 
ちなみに。
北川と祐一の女湯侵入はあっさりとばれていた。
そもそもそれほど深いわけでもない湯船である。おまけにここの湯は無色透明。見つからない方がどうかしているのだ。
二人の侵入に気付いた香里はすぐに更衣室に戻ってろじかるかおりんに変身。
そして二人が顔を出すのを待ち受けていたのである。
閑話休題。
 
夜もすっかり更け、空には明るい三日月が見える頃。
ホテルから遠く離れた岬の砂場に北川が埋まっていた。
どうやらかおりんの一撃を食らってここまで吹っ飛ばされてしまったらしい。しかし、ここまで一度も魔法を使っていないのに魔法少女とはいかがなものか、そう思う作者である。
それはともかく、その砂場から北川がむくりと起き上がった。
ぺっぺっと口に入った砂を吐き、キョロキョロと周囲を見回し、それから振り返ってホテルの位置を確認する。
「おおう!?」
物凄く離れた位置にホテルを確認し、そして自分がタオル一丁である事を思い出し、更に驚く北川。
「・・・果たしてどうしたものか・・・?」
とりあえずその場に座り、腕を組んで考える。
夏であるからこの格好でも風邪は引かないだろうが、この格好のままだと明らかに変質者扱いだ。
「・・・まぁ・・何とかなるような気がするな」
意外と楽天的な北川であった。
そう思うと何となく考えるのが馬鹿らしく思え、北川はその場に横になった。
満天の星空、その中で一際美しく輝く三日月。
「・・・これで美坂が側にいてくれたらなぁ・・・あ、倉田先輩でも良いか。いや、この際天野ちゃんでも・・・」
節操のない男である。
と、何気なく首を倒してみると自分の頭の上に何かがあるのが見えた。
起きあがってきちんと振り返ってみるとそこには小さな石を積み上げて作ったようなものがあり、その一番上の石にボロボロになった紙が貼ってあった。
何処からどう見ても怪しさ爆発である。
にもかかわらず北川はその紙に手を伸ばし、あっさりと石からはがしてしまった。
「何じゃ、こりゃ?」
そう言ってボロボロの紙を見つめてみる。
「・・・何だ、金じゃないのか。じゃ、いらねぇっと」
ボロボロの紙がお札に見えていたのだろうか。
とにかく、そのボロボロの紙を捨てた北川は立ち上がるとホテルの方に向かって歩き出した。今から帰れば暗い内にホテルにたどり着くだろう。それなら人目に付く事も少ないだろう。そう思っての事である。
北川が歩き去った後、積み上げられていた石が、ぐらぐらと揺れ、崩れ落ちた。それは風も何もない、夜の出来事。
誰も知らない夜の出来事であった。

続く
後書き、いや、中書き?
作者D「あ〜、とりあえず前編が終わりましたな」
かおりん「長かったわね〜、本当に」
作者D「書き始めたのが去年(2001年)の夏頃。とりあえず前編完成が2002年4月」
かおりん「人をバカにするのもいい加減にしなさいって感じね」
作者D「はうう・・・(涙)」
かおりん「とりあえず謝っておいてから送っておきなさい」
作者D「ああ、そうでした。これは元々贈り物用SSなのでした。早く送らねば・・・」
かおりん「前編だけって言うのがまたバカにしているけどね」
作者D「そう言うつもりはなかったんですよ〜。何か色々とやっているうちに気がついたら今頃になったって言うだけで」
かおりん「どうして前後編になったの? 元々は一つの長編の予定だったんでしょ?」
作者D「何か色々と細かいネタを入れているうちに長くなってしまいました。もう既にろじかるかおりん本編じゃないし」
かおりん「ロジカル魔法も出てこなかったし」
作者D「基本的に役に立ちませんからな、ロジカル魔法は。後編には出す予定ですが」
かおりん「あと設定も何か前のと違うんじゃない?」
作者D「ろじかるかおりん第二部の設定ですな。一応設定だけあるという謎の第二部。ちなみに本編は一部の第2話で止まっておりますが」
かおりん「(にっこりと笑顔で)死んでくる?」
作者D「思いっきり遠慮しておきます」
かおりん「それじゃさっさと続き、書く事ね?」
作者D「はうう〜・・・」

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