「ねーねー、あゆ、喉乾かない?」

「そうだね、真琴ちゃん」

真琴ちゃんとあゆちゃんが互いに頷きあって、俺の方を見る。

ああ、やな予感。

「ねー北川、ジュース飲みたい」

「北川君、ジュース飲みたいな」

二人が目をキラキラさせて俺に言う。

ああ、やっぱり……。

心の中で涙を流しながらも、顔には笑みを貼り付ける健気な俺。

「な、何がいいんだ?」

うう、動揺が口に出てしまう。

相沢が言っていた意味がわかった。

「あいつらの相手は非常に疲れる」とか「子供だ」とか。

そうか、そう言う事か、相沢。

だからお前は美坂を誘い込んだんだな。

この二人を押しつける為だけに。

………覚えていろよ、この野郎。


彼氏の思惑彼女の事情(後編)


時刻はお昼を過ぎてだいたい14時頃。

だいたい午前中に主だった絶叫系の乗り物に乗ってしまったので、今は適当に園内をぶらつきながら真琴ちゃんやあゆちゃんのリクエストに応じて何か乗り物に乗ったりしているのだった。

「ねーねー、次はあれなんかどう?」

真琴ちゃんが俺の服の裾を引っ張ってそう言う。

「あ〜……そうだなぁ……」

適当に答える俺。

はっきり言って俺は相当疲れていた。

朝からこの二人(特に真琴ちゃん)に振り回されっぱなしだ。

「真琴、私達だけで行きましょう。北川さん、お疲れのようですから少し休憩しておいてください」

横から天野さんそう言い、真琴ちゃんとあゆちゃんを連れて歩いていく。

「私も残るわ。天野さん、この辺で待ってるから」

美坂がそう言ったので、天野さんが振り返って頷いた。

3人が行ってしまってから、俺は大きくため息をついた。

「随分とお疲れのようね」

「相沢が言っていた意味がよく解ったよ……」

「まぁ、相沢君が何を言っていたかはともかく、確かにあの二人に引っ張り回されると疲れるわね」

美坂がそう言って苦笑する。

「後で何か相沢君と名雪に奢って貰わないと割に合わないわね」

「ああ、同感だ」

俺はそう言って美坂を見た。

疲れるとは言っていたが、あまり疲れたような感じは受けない。

むしろ、振り回されるのを楽しんでいるような感じだ。

「折角天野さんがあの二人を引き受けてくれたんだから座らない?」

美坂はそう言うと、先に立って歩き出した。

慌てて追いかける俺。

空いているベンチを見つけると、美坂はそこに座り、俺を見て手招きした。

「座らないの?」

「あ、ああ、じゃ、失礼して」

美坂の隣に腰を下ろす俺。

ああ、なんかどっと疲れが出てくる。

「ふうぅ〜」

大きく息を吐くと、美坂がそんな俺を見て笑った。

「なんだよ?」

「おじさんみたいよ、北川君」

「ほっとけ」

ちょっとムッとしたように言い返す俺。

美坂はそんな俺を見てくすくす笑っている。

なんかこういう美坂を見るのは始めてのような気がする。

いつもはクールで、何処かシニカルな笑みしか浮かべない美坂が、今日は物凄く無邪気な笑顔を見せてくれている。

とっても得した気分だな。

これだけでも今日来た甲斐があった。

「……何ニヤニヤしているのよ?」

「あ、いや、別に……」

ジトッとした目で美坂が俺を見たので慌てて取り繕う俺。

「な、何か飲むか?」

「別にいいわ。喉乾いている訳じゃないし。それにあまり調子に乗って奢っていると帰りの電車賃、無くなるわよ」

「別に調子に乗っている訳じゃ……」

と言いかけてやめる。

確かに少し調子に乗っているかも知れない。

美坂の前でいいかっこをしようとしているのは確かだ。

「やれやれ、美坂にはお見通しって訳か」

そう言って苦笑を浮かべてみる。

「たまには俺にだっていいかっこさせろよなぁ」

「……北川君は北川君、無理しても意味はないわよ」

美坂がそう言って立ち上がった。

向こうの方に大きく手を振っているので、そっちを見ると真琴ちゃん達の姿が見える。

もうそんなに時間が経ったのか?

そう思いながら俺も立ち上がった。




































陽が傾き始め、流石の真琴ちゃん達もお疲れのようだ。

朝のハイテンションが嘘みたいに大人しい。

まぁ、お腹がすいているだけかも知れないが。

「あら、あれ、相沢君じゃない?」

美坂がそう言って指さした先を見ると、そこには確かにげんなりした顔の相沢の姿。

勿論その隣には水瀬を侍らせて……おや、もう片方の腕には、あれは栞ちゃん?

なるほど、なんでげんなりした顔をしているのかと思ったらそう言う事か。

水瀬の顔も険しいなぁ……幸せそうなのは栞ちゃんだけか。

「よぉ、悪かったな……」

疲れ切ったような口調で相沢が言う。

「悪の報いね」

言い切る美坂。

「香里〜……」

水瀬がそう言って美坂を睨み付けた。

「……私は何も知らないわよ。栞が勝手に考えて勝手に行動しただけで、別に協力も何もしてないわ」

「お姉ちゃんは何も関係ありませんよ、名雪さん」

栞ちゃんがそう言って水瀬を見る。

何処か勝利を確信したような目で。

う〜ん、強気だ。

一体何があったんだろう?

「さてと、そろそろ帰る?」

美坂がそう言って俺たちを見た。

「そうだな……」

相沢が同意しかけると、栞ちゃんが慌てた様子でそれを遮る。

「あ、わ、私、あれ乗りたいですっ!!」

そう言って栞ちゃんが指さしたのは観覧車だった。

確かガイドブックによると1周するのに15分以上かかるというこの辺りでもかなり大きい観覧車だとか。

観覧車か……観覧車……ふむ……。

……………!

「お、俺も賛成!! 最後にあれ乗って帰ろう!!」

いきなり俺が賛成したので相沢と美坂、水瀬が怪訝な顔をして俺を見た。

「さっすが北川さんです!!」

嬉しそうに同意したのは栞ちゃんだけ。

天野さんやあゆちゃん、真琴ちゃんは特に反応がない。

「……仕方ないな。それじゃ行くか」

そう言って相沢が歩き出す。

俺はある事を画策しつつ、どうやってそれを実行に移すか考えながら相沢を追って歩き出した。




































観覧車のゴンドラがゆっくりと前にやってくる。

「真琴がいちば〜んっ!!」

そう言って一番始めに乗ったのは真琴ちゃん。

さっきまで大人しかったのに、今はもう元気一杯だ。

「にば〜んっ!!」

あゆちゃんがそれに続く。

「それでは私も……」

天野さんがそう言ってゴンドラに乗り込むと、その後ろに立っていた栞ちゃんを水瀬がどんとついた。

「あわわっ…」

思わずよろけ、ゴンドラに手をついてしまう栞ちゃん。

「はい、それじゃ乗ってください」

係員がそれを乗車の意志と取ったらしく、有無を言わさず栞ちゃんをそのゴンドラに押し込んで、ドアを閉じてしまった。

振り返って水瀬を思いきり睨み付ける栞ちゃん。

鬼のような形相だ。

一方、栞ちゃんをまんまと押し込んだ水瀬はと言うと勝ち誇ったように栞ちゃんに向かって大きく手を振っていた。

次にやってきたゴンドラには水瀬がまず乗り込む。

次いで相沢。

更に美坂が乗り込もうとすると、水瀬が笑みを浮かべてそれを止めた。

「香里〜、次のにしてね?」

「……わ、わかったわ……」

水瀬の笑みに隠された何かに気がついたのか、あっさりと引く美坂。

相沢と二人っきりになる為にそこまでするとは……俺は水瀬を少々見誤っていたのかも知れない。

しかしまぁ、そのおかげで俺は美坂と二人っきり。

何て言うか好都合だ。

ここできっちりと決めてやる!

そう決意して美坂と二人、ゴンドラに乗り込む。

そう、このゴンドラの中には俺と美坂だけ。

二人っきり!!

おまけに外は極上の夕焼けで、何て言うかシチュエーション的にも極上!!

俺は夕焼けに照らされて、赤くなっている美坂の顔を見ながら、何となく感動すら覚えていた。




































こ、言葉が浮かばない……。

何かいい言葉を探すのだが思いつかない。

香里はと言うと、じっと窓の外、眼下に広がる町並みをじっと見下ろしている。

やっぱり疲れているのか、少しアンニュイな表情で。

いや、これは俺と二人っきりと言う事で照れているだけだろう。

今まで香里が男と二人っきりというシチュエーションにあったと言うことはないだろうからな。

そ、それはともかく、どうしよう?

何か色々と告白の方法とか考えてきたはずなのに、今日はこの状況になるまで異常な程疲れさせられたし、この状況、つまりは二人っきりになったらなったで何か頭の中は真っ白だし。

折角ここまで来るのに色々と苦労してきたのになぁ。

「はあぁぁぁぁぁ……」

思いっきりため息をつく。

そんな風に切なげにため息をついている場合じゃなかった。

この観覧車は一周だいたい20分。

もう半分くらい来ているから後10分程か。

あまり残り時間はないな。

もう一周というわけにもいかないだろうし、ここは後10分で何とかしないと。

気ばかり焦るが、何もいい言葉なんか浮かばない。

「……どうしたのよ、さっきから?」

香里が声をかけてきたので、俺は彼女の方に向き直った。

じっと香里の顔を見つめる。

もうこうなったらヤケだ。

このままいくところまで一気に……じゃなくって、取り合えず当たって砕けろの精神でやるしかない!

「……き、北川君?」

頬を赤くした美坂がちょっと後ろに引くが、狭いゴンドラの中だ。

それほど後ろがある訳じゃない。

「か、香里っ!! ……じゃなくって美坂っ!!」

「は、はいっ!?」

俺の剣幕に美坂が驚いたような声を上げる。

取り合えず名前を呼んだ事には気がついていないらしい。

よかった。

「な、何よ、北川君……変な事したら後で酷いわよ……」

そう言う香里。

ちょっと怯えていて、可愛いかも。

いや、違うだろ、俺。

「み、美坂……お、俺、お前の事……」

真っ赤になりながら俺がそこまで言いかけた時だった。

いきなりゴンドラのドアが開けられ、係員が威勢のいい声をかけてきたのは。

「はい、お疲れさまでした〜!! あ……」

係員が硬直する。

俺も、美坂も硬直していた。

まるでその場の時間が凍りついたかのように。

「あ〜、北川が香里に襲いかかってる〜!!」

それはあまりにも無邪気な声だった。

「ま、真琴っ!!」

慌てたように天野さんが声を上げた真琴ちゃんをたしなめているが、既に手遅れだ。

俺と美坂が乗ったゴンドラは一番最後。

他の連中はみんな、もう降りている。

つまり。

美坂に迫り寄っている俺の姿を、真琴ちゃんや天野さん以外の連中も見ているわけで。

「やるなぁ、北川」

「北川君、大胆……」

「うぐぅ……」

「お、お姉ちゃん……?」

それぞれが漏らす感想を俺と美坂は硬直したまま聞いているしかなかった。

いや、正確には俺だけか。

何しろ、次の瞬間。

「きゃああぁぁぁぁぁっ!!」

と言う美坂の悲鳴と共に俺は必殺のアッパーカットを喰らってゴンドラの反対側へと吹っ飛ばされたから。

「あ……えっと……それじゃ、もう一周サービスって事で……」

係員がいかにも罰の悪そうな顔をしてゴンドラのドアを閉じるのを、俺は薄れ行く意識の中、見ていたような気がする。

「ちょ、ちょっと! せめて私だけでも降ろしてって!!」

香里がそう言ってゴンドラの窓を叩いているのを見ながら、俺は完全に気を失っていった。




































はっと気がついた時、そこは電車の中だった。

「ようやく目が覚めたか」

正面に座っている相沢がそう言ってきたので、俺が相沢の方を見ると、相沢は右肩に水瀬、左肩に栞ちゃんをもたれかけさせていた。

勿論二人とも疲れの所為か、居眠りの真っ最中だが。

「……全く手間かけさせやがって」

不機嫌そうに相沢が言う。

「お前をここまで運んだのは俺なんだからな、忘れるなよ」

「ああ、悪かったよ……」

俺は意気消沈したまま、そう言い返した。

あ〜あ、折角美坂に告白しようと思ったのに。

やっぱり自分で全部お膳立てするべきだな。

今回は色々と邪魔が入りすぎたし。

「……本当にそうね」

不意にそんな声が聞こえてきた。

かなり小さい声だったが俺にははっきりと聞き取れる。

と、いう事は。

俺が横を向くと、そこには美坂が座っている。

ちょっと頬を赤らめ、俺から視線を逸らすように、つんとすましている。

「美坂……あの、俺さ……」

俺は美坂の方を向いて喋りかける。

美坂は俺の方を見ると、にっこりと微笑みながら人差し指を俺の唇に押し当てた。

「それは……また、今度、北川君が自分で私を誘ってくれた時にね」

そう言って指を離していく美坂。

俺は呆然と美坂を見つめたまま、動けなかった。

唇に残っている美坂の指の感触。

きょ、今日の所はこの辺で満足するべきなのか。

満足出来るはずがない!

「美坂〜〜〜っ!!」

そう言って美坂に飛びつこうとする俺だが、瞬時に美坂の必殺の右フックが叩き込まれた。

吹っ飛ばされる俺。

「全く、ちょっと甘やかすとすぐにこれなんだから」

「いいコンビだと思うけどな、俺は」

美坂の言葉に相沢がそう続けるが、その相沢を美坂がキッと睨み付けたので慌てて目を閉じ、寝たふりをする相沢。

まぁ、これはこれで何時もと同じ日常だ。

今はこれがいいのかも知れない。

しかし、何時か、必ず美坂のハートを射止めてみせる!

そう、この俺、北川潤様が!!

ぐっと拳を握りしめ、俺は沈んでしまった夕陽に固く誓っていた。

「取り合えず北川、早く起きろよ……ひっくり返ったままじゃ余りにも情けないぞ」

呆れ返った相沢の声を背に受けつつ……。


The END


後書き
作者D「はい、終わりました。極めて作者D的には珍しい北川君一人称ものです」
かおりん「元々はあるMIDIのお礼だったんだけどね」
作者D「何となく自分のHPにも乗せてみるという(爆)」
かおりん「さて、いつものことだけど、幾つか質問があるわ」
作者D「かおりん様って大抵イヤなところついてくるから余り質問受け付けたくないんですが……」
かおりん「質問行くけど良い?」
作者D「……はい、どうぞ」
かおりん「まず……何で私と北川君が何となくいい雰囲気なの?」
作者D「それはそう言う風に希望されたからですが?」
かおりん「で、これに続きがあったら私と北川君は付き合っちゃうのかしら?」
作者D「さぁ?」
かおりん「……ところで今回も結構あからさまに伏線張り巡っているけど……?」
作者D「これは実は裏側でも色々なドラマが進行しているわけですよ。例えば、お昼休みの一幕から始まる栞の陰謀劇とか、かおりん様と北川君に真琴達を押しつけた後の祐一&名雪の馬鹿ップルの話とか。特に栞の陰謀劇は彼女に果てしなく壊れて貰う予定ですが」
かおりん「ああ、だから観覧車の一幕がある訳ね」
作者D「私はこの二人はきっと最大のライバルだと思っておりますから」
かおりん「……でも最終的に名雪が勝つわけでしょ?」
作者D「栞がそう簡単に引き下がるような子でないことは姉であるかおりん様が一番よく知っておられると思いますが?」
かおりん「……………」
作者D「さて、もう一つ。タイトルのことなんですが」
かおりん「あれって略してカレカノってやりたかっただけじゃないの?」
作者D「違いますよぉ。ちゃんと彼氏の思惑編はやりましたから次は彼女の事情編があるわけです。勿論かおりん様一人称で」
かおりん「……マジ?」
作者D「大マジ」
かおりん「……帰らせて貰うわ」
作者D「何故ッ!?」
かおりん「そんな事よりも新しいもの早く書きなさいよ!!」
作者D「上手くネタが煮詰まってないんですってば。まぁ、気長にやりますのでどうかお待ち下さいませ」

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