今、俺は猛烈に感動している。

目の前にはかねてより恋い焦がれ、憧れまくり、愛おしくてたまらなかった美坂香里がアンニュイな表情を浮かべて窓の外を見ている。

夕焼けに照らされた美坂の、いや、ここはもう香里と言い切ってしまおう、香里の顔はアンニュイな表情を浮かべながらも、俺と二人っきりということで実は只照れているだけに過ぎない事は俺にはよく解っている。

フッフッフ……今日という今日こそ、今までの関係、只のちょっと仲のいいクラスメイトからボーイフレンド、または一気に恋人の座まで関係を進めてやる!

その為に俺がどれだけ苦労したか……この今現在の状況、観覧車の中で二人っきりと言うとびきりのシチュエーションを作り出すのにどれだけの犠牲(主にお金とか労力とか)を払ったことか。

涙無くしては語れない、この物語を!!

今、ここに語ってあげようじゃないか!!

え……?

語らなくていい?

あ、いや、そんなこと言わずに聞いてくれよぉ!!

俺がこうして美坂、いや香里と二人っきりになるのにどれだけ苦労したのかをさぁ!!


彼氏の思惑彼女の事情(前編)


それは数日前のこと。

「ねーねー、祐一、こんなもの貰ったんだけど」

そう言って俺の前の席、相沢の座っている席に寄っていったのは相沢の恋人(もうすっかり全校公認の仲らしい)水瀬だった。

「貰ったって誰に?」

相沢が自分の方に寄ってきた水瀬を見て尋ねる。

俺はと言えばどうでもいいって感じで机に突っ伏しながら、その様子を眺めているだけだった。

「陸上部の後輩の子。何か余っているからどうぞ、だって」

水瀬は何となく嬉しそうにそう言っているが、相沢はと言うとあまり普段と変わらず、いや、何処かつまらなさそうな顔をして水瀬を見返していた。

「ふぅん、遊園地の一日招待券ね……」

水瀬の手に握られている紙切れを見て相沢がそう呟いた。

少しの間黙り込み、何かを考えているような素振りを見せる。

遊園地か……そう言えば近くになかった訳じゃないな。

あんな所、ガキの頃に親に連れていって貰って以来行ったこと無いぞ。

「ねーねー、今後のお休み、何も用事無いでしょ? 私も部活お休みだから一緒に行こうよ」

「ン〜……ダメだ、却下」

少し考えた末に相沢は水瀬の誘いをあっさりと蹴った。

「え〜〜〜〜!!!」

明らかに不服そうな水瀬の声。

それを聞きながら相沢は半眼になって水瀬を見、疲れたようなため息をついた。

「あのな、名雪。お前と一緒に遊園地に行くって事は、だ。ほぼ自動的にお荷物が二つくっついてくるということだ」

相沢は何か言い聞かせるように水瀬に話し始める。

多分相沢のいう「お荷物」とは水瀬の家に居候している二人の美少女のことだろう。

確か……沢渡真琴ちゃんと月宮あゆちゃんと言ったはず。

フッ、俺の情報網に漏れはない。

「あの二人が来るということは更に自動的に天野やら他の人間にばれる可能性が非常に高くなる。となるとお前と二人っきりで遊べるどころか連中の面倒まで見なくてはならなくなって非常に俺が疲れる。以上が却下の理由だ」

「う〜」

相沢が理由を説明したが水瀬は納得していないようだ。

そりゃそうだろうなぁ。

折角誘ったのに、自分が疲れるからイヤだなんて理由じゃ。

この温厚で有名な俺だってそんな理由じゃ怒る。

それに俺だったら水瀬でなくても女の子の誘いなら即OKするぞ。

「そんなこと言わないで付き合ってあげたら?」

横からそう言ったのは丁度俺の隣に座っている我がクラスの委員長であり成績優秀、眉目端麗、冷静沈着、勇猛果敢と賛美(?)され、そして俺の恋い焦がれ、憧れ、愛おしくてたまらない、もう愛していると言い切ってしまおう、美坂香里じゃないか。

さっきまで居なかったと思うんだが何時の間に現れたんだ?

「香里、お前何時の間に出現したんだ?」

むう、俺と同じ事を相沢も考えるとは。

なかなか油断ならない奴。

いや、こいつには水瀬がいるから大丈夫か。

でも油断は出来ないな。

必要以上にこいつは女性に人気あるし。

知っている限りでも恋人の水瀬、同じ居候の月宮あゆちゃんと沢渡真琴ちゃん、美坂の妹の栞ちゃん、その栞ちゃんの同級生で天野美汐ちゃん、先輩で言えば有名人のお二人、倉田佐祐理先輩に川澄舞先輩などに好意を寄せられているようだし。

……何か考えてたら腹たってきたな、こいつに。

「……わかった、わかったよ」

相沢が何か諦めたかのようにそう言い、肩をすくめて見せた時、俺は我に返った。

どうやら考え事をしている間に話は進んでいたようだ。

どう言う風に展開したのだろう?

「でもな、そこまで言うからには香里、お前も来るんだよな?」

ニッと笑いながら相沢がそう言うと、美坂がえっ?と驚いた顔を見せた。

どうやら美坂にとって相沢の発言は予想外のものだったらしい。

「そうだよ、香里も一緒に行こうよ〜」

水瀬も相沢に同意したらしい。

尤も水瀬には悪気とか何か含んだところは一切無いだろう。

極々単純に美坂を親友として誘っているだけなのだ。

相沢の方は何か企んでいる様子ではあったが、流石に何を考えているかまでは俺にもわからない。

「絶対にみんな一緒の方が楽しいと思うよ?」

水瀬が小首を傾げて言う。

この仕種がまた可愛い。

実のところ、水瀬には運動部の他にもファンがかなり多い。

でもおそらく水瀬本人はその事を知りはしないだろうし、知っていたところで水瀬の心は相沢に向きっぱなしだし。

はっきり言って水瀬のファンは遠くから水瀬の可愛いしぐさやら表情やらを眺めているしかないのだ。

「わかったわよ。名雪がそこまで言うんじゃ……仕方ないわね」

少し困ったように美坂が言う。

「おし、それじゃ決まりだな。今度の日曜午前10時に駅前に集合、これでいいか?」

「わかったわ。相沢君に名雪、あなた達が遅れて来ちゃダメよ」

相沢の言葉に美坂が頷いている。

「大丈夫だよ〜。祐一が起こしてくれるから、ね?」

水瀬がそう言って相沢の方を見て微笑む。

何とも羨ましい奴。

「ま、いつものことだからな」

相沢は素っ気なくそう言うが、これもどうせ表向きのこと。

きっと家じゃいちゃいちゃしているに違いない。

べ、別に羨ましくなんか無いからな!!

相沢と水瀬が家で何していようと……てよく考えたらこいつら家も同じ……半ば同棲みたいなもんかぁ!?

と言う事は……あんな事やそんな事や……ああ言う事までやりたい放題!?

な、何て羨ましいんだ……俺も大学行って一人暮らし始めたら絶対に恋人連れ込もう。

そして俺もあんな事とかそんな事とかしてやるんだい!!

……などと言う事を考えている間にいつの間にか相沢や水瀬、それに美坂の姿までなくなっていた。

どうやらみんな、俺を放って置いて帰ってしまったらしい。

薄情な連中だ。

仮にも同じ「美坂チーム」の仲間だろうに……。

ぶつぶつ言う前に俺も帰ろう。

いい加減陽が暮れてきているし……。




































でもって翌日の事だ。

「おーす、相沢!」

などと威勢よく声をかけてみるが、声をかけたはずの相手はまだ来ていなかった。

当たり前と言えば当たり前か。

相沢は何時も水瀬と一緒に登校してくる。

つまりは何時もギリギリだと言う事だ。

俺は何と言っても優等生だからこうして授業が始まる前にちゃんと来ている。

「北川君が優等生かどうかはおいておいて、それが当たり前よ」

そう言って俺の隣の席に着いたのは、おお、愛しのマイハニー、美坂じゃないか!

流石は真の優等生、美坂。

授業が始まる前にちゃんとやってきている。

「うっす、美坂」

「ハイハイ、お早う、北川君」

よしよし、何か素っ気ないような気もしないでもないがちゃんと挨拶を返してくれたぞ。

やはり挨拶は大切だからな、うん。

俺が一人頷いていると、教室のドアを開けて眠たそうな水瀬が入ってきた。

勿論その後に続いて未だ呼吸荒く、肩を大きく上下させている相沢の姿。

「お早う、名雪、相沢君。今日もお疲れさま」

美坂がそうやって声をかける。

「おう、お早うだぞ……」

ふらふらと歩きながら相沢が美坂に向かって片手をあげる。

水瀬はと言うと……。

「くー……」

立ちながら寝ていた。

いつ見ても器用だな、と思う。

「ほらほら、名雪。おきなさい」

美坂がそう言って立ったまま寝てみる水瀬の肩に手をかけるが、その程度じゃきっと起きないだろう。

その辺は美坂もよく知っているはずだ。

と言う事で美坂はおもむろに右手の中指で水瀬のおでこをパンと叩いて見せた。

所謂”でこぴん”と言う奴だな。

「はうっ!!」

そのでこぴんを受けた水瀬が可愛い悲鳴を上げる。

相沢はと言うと既に疲れ切ったように机に突っ伏していた。

「お早う、名雪。目、醒めたでしょ?」

にっこり笑顔で言う美坂。

それに対して水瀬は涙目になったおでこを押さえながら美坂を見返していた。

「うう〜。香里、酷いよ〜」

「名雪、朝は……」

「うう〜、お早う、だよっ!」

少しだけむっとしたように言う水瀬に美坂は先程と変わらず笑顔のままだ。

まだ「うう〜」とおでこを押さえて唸っている水瀬、そして机に突っ伏したまま動かない相沢。

さて、どう話を切り出したらいいものか。

まぁ、慌てる事はないか。

などと余裕をかましていたら、あっと言う間に昼休みになってしまった。

何て言うか、午前中の授業の記憶がまるで無いんだが……まさか水瀬みたいにずっと寝ていたのか、俺?

と、とりあえず相沢を捜して話をしなければ。

そう思って教室の中を見回すが、何処にも相沢の姿がない。

水瀬や美坂の姿もないところを見ると……俺を放って置いて3人で昼飯に行ったな!!

慌てて教室を飛び出す俺。

廊下を駆け抜け、大急ぎで食堂へと向かう。

その姿はさながら風のように軽やかで……。

「北川、廊下を走るな!!」

「へ〜〜い」

うう、怒られてしまった。

とりあえず食堂に着いた俺は混み合っているその中にいるであろう美坂の姿を探し求め、混み合う中へと入っていった。

人混みに押され、肘をぶつけられ、それでも必死に我が愛する美坂の姿を追い求める健気な俺。

何かはじめと目的が違ってきているような気もするが、とりあえず気にしない。

「美坂〜〜、何処だ〜〜〜」

大きい声を出して呼んでみるが反応がない。

きっとこの人混みのざわめきの所為で聞こえていないんだろう。

それから人混みが解消するまで美坂の姿を探したが遂に食堂の中で発見する事は出来なかった。

「一体何処に行ったんだ……?」

そう呟きながら廊下を教室に向かって歩いていると、向こうの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「だから無理に付き合う必要なんて無かったのよ」

「えう〜……でもでも……」

この声、間違いなく美坂とその妹の栞ちゃんに違いない。

「相沢君と名雪の間に割ってはいる余地はもう無いわ。いい加減、それはわかるでしょ?」

「それでも諦め切れません! 今はああやってラブラブでもいつかきっとひびが入るはずです! その時がチャンス……」

その時、俺は見てはならないモノを見てしまった。

あの栞ちゃんが俯いて不気味な笑みを浮かべるのを。

思わず隠れてしまう俺。

二人が完全に通り過ぎていくのを待って俺は隠れていた物陰から出た。

「う〜ん、何か見てはいけないものを見てしまったな。これは心の奥底に直し、しっかり鍵をかけておくとしよう」

「そうね、それが身の為よ」

不意に後ろから声をかけられ、俺は思わず飛び上がってしまっていた。

振り返るとそこには美坂がいる。

「い、い、何時の間に?」

「栞と別れてからすぐね。あの子は気がつかなかったみたいだけど、私からは丸見えだったわよ、北川君」

そう言って笑みを浮かべる美坂。

「ところで私を捜していたようだけど、何か用?」

「え?」

美坂にそう言われて俺はやっと本来の目的を思い出した。

探していたのは美坂じゃなくって相沢の方だ。

それがいつの間にかすっかり美坂探しにすり替わっていたとは……これも俺の美坂を愛するが故か?

「何考えているのかは知らないけど、取り合えず否定しておくわ」

何故かジト目で俺を見て言う美坂。

「で、何か用だったの?」

「い、いや、本当は相沢に用があったんだけど……居場所、知らないか?」

何故かしどろもどろになる俺。

美坂はそれには気付かなかったようだ。

「相沢君ねぇ……ちょっと前まで一緒に中庭にいたけど……今もいるかしら?」

「中庭か……オッケ、サンキュウ!」

俺は美坂に礼を言うと大急ぎで中庭に向かった。

急がないとお昼休みが終わってしまう。

相沢を捜していたのでまだ昼飯も食ってないし、出来る限り早く見つけて話をつけてパンでも買わないと身体がもたない。

下足室で靴を履き替え、中庭にでてみると、もうそこには誰もいなかった。

ぴゅ〜と冷たい風が吹き抜けていく。

同時にキーンコーンカーンコーンとお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めていた……。

結局、相沢を見つける事が出来たのは教室に戻ってからだった。

「で、俺に何の用だって?」

椅子に座った相沢がそう言ったので俺は奴の方を見た。

「おう、朝からずっと話があったのに全然話すタイミングが見つからなくて困っていたんだ」

「んな事は俺は知らん。で、何の用だ。俺は早く帰りたいんだが?」

全く女には甘いが男には徹底的に素っ気ないな、こいつは。

「今日は秋子さんが仕事で遅くなると言うから名雪が晩飯を作ると言う事になっているんだ。俺は一刻も早く帰ってその様子を微笑ましく見つめていたい。だから用があるなら早くしろ」

な、何か惚気られたような気がしないでもないが……取り合えず話さない事には……。

「……お前、この前、水瀬と遊園地がどうとか言う話していただろ?」

「ああ、していたな。俺はあまり乗り気じゃなかったが結局行く事になってしまったが」

「で、何処に何時に集合だ?」

「は?」

俺の問いに相沢は口をぽかんと開けて俺の顔をマジマジと見た。

う〜む、聞こえなかったとは思えないが、取り合えずもう一回言ってみるか。

「イヤ、だから、何時何処に集合なんだと?」

「……誰もお前を連れて行くとは一言も言ってないが?」

「何!?」

思いもよらない相沢の返答に俺は思わず硬直してしまった。

「ちょっと待て! 美坂は誘ったんだろ!?」

「あれは成り行きだ。それに誘ったと言っても俺はあゆや真琴の子守を押しつけるつもりだがな」

しれっと怖い事を言う相沢。

だが、こいつの場合きっと本気だろう。

あの時の悪戯っぽい瞳を思い出して俺は思う。

「美坂を誘っておいて何故俺を誘わない?」

「誘う理由がない」

一言で言い切りやがったよ、こいつ。

何て友達甲斐のない奴だ。

だいたいお前が転入してきた時に教科書見せたやった恩もあるだろうに。

「その辺の恩は色々と返してきたつもりだが……まぁ、そこまで言うのなら仕方ない。誘ってやってもいいが、幾つか条件がある」

「じょ、条件だと?」

思わずたじろぐ俺。

実は結構相沢ってやな奴?などと考えてしまう。

「条件その1、タダ券は実際の所お前の分まではない。本当なら俺と名雪の分しかないくらいなんだから入場券は自分で買ってくれ」

「なんだ、それくらいなら全く全然構わないぜ」

安心に胸をなで降ろす俺。

「条件その2、来る以上は真琴やあゆのお守りもして貰う」

「前から思っていたんだが、お前、その二人を子供扱いしすぎていないか?」

「実際に子供だ」

「……まぁいいや。それに関しても……まぁ、いいだろう」

一体普段どう言う接し方をしているのだろう、相沢は、あの二人と。

ちょっと気になるような気もするが。

「条件その3、これが実は一番重要だ。いいか、よく聞けよ」

急に怖い顔をする相沢。

まぁ、元々どっちかと言えば女顔の相沢だからあまり怖いとも思わないが。

しかし、それでも妙な迫力がある。

「絶対に俺と名雪の邪魔だけはするな。ちょっとでも邪魔してみろ。その時は……」

物凄く怖い顔ですごむ相沢。

はっきり言ってマジで怖い。

ここで俺はようやく気付いた。

実は相沢の奴、かなり水瀬とのデートを楽しみにしているようだと言うことに。  

美坂を誘ったのもきっとあの二人、あゆちゃんと真琴ちゃんを美坂に押しつけて、水瀬と二人っきりで遊ぼうと言うつもりなのだろう。

目的の為には手段を選ばないつもりか、こいつ。

「あ、ああ、勿論邪魔はしない!! ああ、絶対に!!」

俺は相沢の迫力にややビビリながら頷いた。

「……じゃ、次の日曜日の朝10時に駅前だ。遅刻した場合、容赦無くおいていくからそのつもりで」

そう言って立ち上がる相沢。

「それはお前と水瀬の方だろ」

俺がそう言って笑うと、相沢はちょっとムッとしたよう顔を見せた。

「香里と同じ事言うな。それじゃ、俺は超特急で帰るから後は任せた」

「水瀬の手料理が待ってるからか?」

冷やかしのつもりでそう言ってみると、立ち去りかけていた相沢が振り返った。

「当たり前だ」

だ、断言しやがった。

しかも余裕たっぷりの顔で。

こ、この野郎、覚えておけ!!

俺だって……何時か必ず……美坂とそう言う関係になってみせるんだからな!!

そう、何時か……必ず……そうなってるといいなぁ……。


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