頭脳明晰、容姿端麗、冷静沈着、成績優秀、美人薄命、獅子奮迅、鉄拳制裁・・・彼女を語る言葉は多くあるだろう。
 何処か物憂げな表情を浮かべ、一人で窓の外を見ている姿など何処かの乙女志願の少女が見ればじたんだを踏んで悔しがるが、もしくはあこがれの視線で弟子入りを志願するかもしれない。
 もちろん、彼女にあこがれる生徒は多い。男女問わず、だ。
 しかし、何処か人を寄せ付けない雰囲気があるのか、彼女のそばにいつもいるのは親友である水瀬名雪、その従兄弟である相沢祐一、そしてもう一人、北川潤だけである。
 この4人、一見仲が良さそうに見えるのだが実は微妙な関係にあった。
 そう言う微妙な関係に気付いているのはおそらく彼女だけだった。だからこそ、彼女はそれを壊さないように・・・するつもりだったのだが。

























「仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだから」

























かおりん Non Stop!!
〜何時か届いて私の思い〜


*シーン1*百花屋

 名雪の部活が無い限り、名雪と祐一は百花屋によくやってきている。この日はたまたまそれに香里もつきあっていた。
「全く飽きないわね、それ」
 香里は名雪が注文したものがやって来たのを見て苦笑を浮かべてそう言った。
 彼女が注文したものはもちろん、毎度おなじみ「いちごサンデー」である。この百花屋に来て、彼女がこれ以外のものを注文しているところを香里は見たことがなかった。
「だって好きなんだもん〜」
 幸せそうにスプーン片手の名雪が言う。
「・・・ホント、幸せそうね・・・」
 ちょっと呆れたように香里は言い、横に座っている祐一を見た。
 香里の視線を受けて、彼はちょっと肩をすくめた。
「いちごジャムでご飯三杯はいける奴に何を言っても無駄だよ」
 やや素っ気ない気味に言う祐一。何故か不機嫌そうだ。
 不機嫌の理由は簡単、今日の百花屋の払いは全て祐一だからであろう。
「祐一、何か怒ってる?」
 スプーンを持つ手を止め、名雪が上目遣いで祐一を見た。
 本人は意識していないのだろうが・・・香里はその様子を見ながら思った。
 反則よね、名雪にああいう目で見つめられて文句の言える男なんていないもの。あの子、自分じゃ気がついていないんだろうけどかなりファンが多いのよね、私も驚くぐらい。まぁ、その前にある壁は大きいんだけど・・・。
「い〜〜〜や、何も怒ってないぞ」
 祐一はそう言うと、自分の前に置いてあるコーヒーカップに手を伸ばした。
「う〜〜〜〜、やっぱり怒ってる・・・」
 ちょっとすねたように言う名雪。
「怒ってない」
 素っ気ない言い方をする祐一。
 これが出来るのはおそらく祐一だけであろう。他の男ならこうはいかないはずだ。名雪にあんな目で見られては・・・香里でさえ、素っ気ない態度をとれるかどうか自信はない。
 そんなやりとりを香里はちょっと羨ましげに見つめていた。
 従兄弟同士、と言うこともあるだろう。しかし、今まで名雪がこんなにも男の子に対して甘えたような表情を見せたことはない。多分・・・名雪が祐一のことを好きだからだろう。
「相変わらず仲がいいのね・・・・・・・羨ましいわ・・・・・・・」
 ちょっとつまらなさそうに香里が言う。
 それを聞いた二人が香里を見た。
 いきなり二人の視線を受けて、香里はえっと言う顔をして二人を見返した。
「香里・・・?」
 驚いたような顔の名雪と祐一。
 当の香里は自分が何を言ったのか全く覚えていなかった。いや、ほとんど無意識に呟いていたのだから当然だろう。
「え・・・私・・・何か言った・・?」
 きょとんとした顔で香里は二人を見る。
 祐一は何故か寂しそうな顔をして香里の肩をぽんぽんとたたき、名雪も哀しげな顔をして香里を見つめていた。
「え?え?え?」
 香里だけが訳がわからないと言った様子できょろきょろしていた。

*シーン2*美坂家 香里の部屋

「はあああああ〜〜〜〜」
 自分の部屋に入るなり盛大なため息をつく香里。
「何であんなこと言っちゃったんだろ・・・」
 あの後、香里は自分が何を言ったか名雪にこっそりと教えてもらっていた。もっとも、その代償は決して小さいものではなかったが。例によって百花屋のいちごサンデーを3日分。それが等価かどうかは彼女にはわからなかった。
 思い出すと恥ずかしくて顔が真っ赤になる。あれでは自分がまるでラブラブなカップルを前に一人恋人がいなくて(と言っても名雪と祐一が正式につきあっているというわけでもないが)それを羨んでああいう呟きを漏らしたように聞こえるではないか。
「よりによって!この私が!学年一の頭脳と美貌を誇るこの美坂香里が!!いくらあの二人が親友だからと言っても・・・・不覚だわ・・・そう、不覚よ!!」
 香里はそう言って鞄を勉強机の上に置き、ケープのリボンをほどいた。続けてワンピースになっている制服のボタンを上からはずしていく。
 半分くらいボタンをはずした彼女はふと部屋の端においてある姿見の方に目をやった。その格好のまま姿見に近づき、何となくポーズなどとってみる。
 ちょっと胸元を強調してみたり、流し目で相手を誘うような蠱惑的なポーズ、スカートを下着の見えないぎりぎりのラインまであげてみたり、姿見の前に座って足を組んでみたり。
「・・・私って・・そんなに魅力無いのかしら?」
 姿見の中の自分に向かってそう問いかける。
 実際の所、彼女に魅力がないわけではない。むしろ、かなり魅力的とさえ言える。それをうち消しているのは自分が醸し出している少々お高いイメージと人を寄せ付けないようなクールさであることに彼女自身気がついてはいなかった。
「名雪にさえファンクラブが存在しているというのに・・・私には・・・近くにいる男と言えば・・・」
 頭に浮かんだのはまず北川潤。猫口アンテナ男の彼が自分に好意を寄せてくれているのは薄々知っているが香里自身ははっきり言ってどうでもいいとさえ思っていた。北川君、不憫。
 次に浮かんだのは生徒会長の久瀬。・・・・しかしただ何となく浮かんだだけであった。交際相手にすらならない。考える必要すらない。いや、考えるだけ無駄。何でこの男が思いついたのか自分でも不思議であった。
 最後に浮かんだ男が・・・相沢祐一。ほんの数ヶ月前に転校してきた名雪の従兄弟で、妹の栞との仲直りのきっかけを作ってくれた男。親友である名雪が好きな男。いつの間にか自分達の輪に入り込み、すっかり仲良くなってしまった男。そして・・・。
 香里は姿見の中の自分が真っ赤な顔をしているのに気がつくと、はっと両手で頬を押さえた。
「な、な、な、何を考えているのよ!!!あ、あ、あ、相沢君はっ!!た、た、た、ただの、と、と、と、友達じゃないっ!!!」
 そう言ってばたばたと手を振り回す。
 だが、彼女の脳裏には・・・。
 真剣な顔をして自分を見つめる祐一の顔が浮かび上がっていた。あまり男臭くない表情の彼。何処か女性のような顔つきなのは母親似だからか。いつもふざけている彼だが真剣な表情をした時は、香里でさえどきっとすることがある。今、香里の頭の中で祐一はその真剣な表情をして香里自身を見つめている。
『香里・・・俺・・・お前のことが・・・』
『相沢君・・・ダメよ、貴方のこと、名雪も栞も・・・』
『でも、俺はお前が一番・・・』
『言わないで、相沢君!私は貴方の気持ちに答えることが出来ないの・・・・』
『どうしてなんだ?俺はこんなにも香里のことを・・・』
『ダメよ!ダメなの・・』
(潤んだ瞳で彼を見上げる私・・・・その瞳にうっすらと涙が浮かぶ・・・そんな私を優しく抱きしめてくる彼・・・そしてゆっくりと近づく二人の唇・・・)
 いつしか香里は両手で自分を抱きしめ、じたばたと両足を振り回し、上半身をくねらせていた。
 と、その時。
「お姉ちゃん、宿題でわからないところがあるんだ・・・け・・・ど・・・」
 香里の部屋のドアを開けながら彼女の妹の栞が入って来ようとし、姉が何か身悶えているのを見て、硬直した。
「・・・え?」
 いきなり入ってきた妹に気がつき、香里も硬直する。
 今の香里の姿は制服を半分くらいはだけた半裸と言ってもいい状態である。その上、何か怪しい動きで身悶えていたのだ。何か激しく誤解されてしまったような気がする。
「あ、あの・・栞・・・」
 先に硬直の解けた香里がそう言って栞に向かって手を伸ばすが、硬直の解けた栞はその手をかわすと、何も言わずにドアを閉じた。そして、そのままぱたぱたと廊下を走り、自分の部屋に入っていってしまう。
「・・・・えうーーーー」
 泣き声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが・・・おかしくなっちゃったぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 それを聞いた香里は・・・真っ白になってしまっていた。
 見事に誤解されてしまったようである。
 この誤解が解けるまで実に3日以上かかったのであるがそれはまた別のお話である。

*シーン3*学校(登校時)

 香里は暗い気分でとぼとぼと歩いていた。
 栞には誤解されっぱなしの上、昨日の夕食時には母親にまで心配される始末。朝出かける時には何も言わなかったが父親の何処か心配げな視線を背に受けていた。
「何よ何よ・・みんなして・・・私だって普通の女の子よ・・・」
 ぶつぶつ呟きながら香里が歩いていると後ろから追いついてきた者がいた。
「香里〜、おはよう、だよっ」
 振り返ってみると名雪が笑顔を満面に浮かべて立っている。
 彼女を見た香里はすかさず自分の腕時計で時間を確認した。
「あ〜、ひどいよ、香里。私だってたまには早起きするんだから」
 頬をふくらませて名雪が言う。
「いや、それは絶対にない」
 二人の後ろからそんな声がした。
 二人そろって振り返ると、そこには荒い息をした祐一が膝に手をついて立っている。どうやらここまで走ってきたらしい。
 陸上部の部長である名雪はいつものことだから気にならないのだろうが、そうでない祐一にとってはこの毎日のマラソン登校はつらいらしい。今日は珍しく名雪が早起きしたのでここまで歩いてきたのだが、名雪が香里を見つけていきなり駆けだしたので慌てて追ってきたのだろう。
「ひどいこと言うね、祐一」
 そう言って名雪は祐一を見る。
「本当のことだろ?大体今日もお前が一人で起きたんじゃなくて俺が早めに起こしたの」
 ちゃんと背を伸ばして祐一が言い返す。
「だろうと思ったわ。名雪が一人でこんなに早く起き出すなんて思ってなかったもの」
 香里がそう言って笑みを浮かべた。
「う〜〜〜」
 唸りながら名雪は二人を見やった。
 そんなやりとりの後、三人は並んで歩き始めた。
「そう言えば今日は栞ちゃんと一緒じゃないんだね?」
 名雪がそう言って香里を見ると、香里は端から見てもわかるくらいぎくっと言う感じの表情を浮かべた。そう、普段なら香里はいつも栞と一緒に登校しているのである。
「あ・・・そ、そうなのよ・・・今日はあの子、一人で先に家出ちゃって・・・」
 実際の所、栞は香里と顔を合わせようとせず、先に家を出ていってしまったようなのである。一応嘘はついていない。問題はその理由なのだが。
「珍しいな、栞が香里と一緒に登校しないなんて。栞は香里にべったりだと思ったのに」
「あなた達みたいに別に毎日毎日慌てて一緒に登校しないでも良いからたまには別行動もするわよ」
 そう言って香里は名雪の方を向いて唇をとがらせた。声をかけてきた祐一の方にではなく、だ。
「何か酷いこと言ってない?」
 名雪が香里の顔を見て言う。互いに顔を見合わせる形になって、名雪はあることに気がついた。
「そう言えば香里・・・」
「な、何!?」
 微妙に焦ったような応答をする香里。
「さっきから一度も祐一の方見ないけど・・どうかしたの?」
 そう、確かに香里は一番始めに祐一が追いついてきた時から一度も彼の方を向いていない。明らかに視線をそらせているのだ。
「べ、べ、べ、別に、ど、ど、ど、どうもしないわよっ!!」
 明確に焦った様子でそう言い、香里は歩く速度を上げた。
 どうも何かおかしい香里の様子にとまどいを覚えながらも二人は慌てて彼女を追いかけた。
「なぁ。俺何かしたか?」
 隣に並んで祐一が聞く。
 だが、香里は彼の方を向こうともしない。いや、どちらかというと必死に相手にしないでいようとしているようだ。
「何か気に入らない事したんだったら謝るけど・・・」
「何でもないってば!!」
 そう言って香里は祐一を見た。
 そして次の瞬間・・・。
 彼女の脳裏に昨日、自分の部屋で思い浮かべた光景がフラッシュバックされる。
 
 祐一に優しく抱きしめられ、そして重ねられる唇・・・。
 
 香里は一気に真っ赤になって思わず祐一を突き飛ばすと、そのまま走り去ってしまった。
 尻餅をついたまま呆然としている祐一と、いきなりのことにただ呆然と見ているしか出来なかった名雪がどんどん小さくなっていく香里の後ろ姿を見送っていた。

*シーン4*学校(教室・朝)

 教室についた香里は自分の席に着くと頭を抱えた。
(ああああ・・・・・よりによってなんて事を・・・・・相沢君は何も悪くないのに・・・・・)
 香里は思わず祐一を突き飛ばしたことを激しく後悔していた。
(何もあんな時にあのことを思い出さなくっても・・・まさか照れ隠しだとは思わないだろうし・・・)
 頭を抱えながら必死に言い訳を考える。
(なんて言って誤魔化そうかしら・・・でも相沢君は何も悪くないし・・・悪いのは勝手にあんな事を思った私であって・・・でも少しくらいいかなって思わない訳じゃなくって・・・それに大体、名雪にしても栞にしても相沢君とつきあっているわけでもないし・・・だから私が別に二人に遠慮して身を引いたらいいわけでもなくって・・・)
 だんだん考えてきていることがずれ始めていたが香里は全く気がついていなかった。そして、いつの間にか教室には他の生徒達も登校してきていることにすら気がついていない。もちろんその中には北川潤や祐一、名雪の姿もある。
(そうよ、私が相沢君にアタックしても別に問題ないじゃない!・・・でも名雪は親友だし、あの子はいい子だから・・それに七年も相沢君のこと思い続けていたんだし・・・栞も・・・私にとっても可愛い妹だし、その妹があこがれている彼がいるなら出来れば協力して応援してあげたいけど・・・・)
 考えれば考える程本来の思考からずれてきているのだがそれにも気付かずさらには堂々巡りを始めている。
 手で頭を抱えたまま、その頭を左右にぶんぶんと振る香里の姿は周りに異常な雰囲気を醸し出させていた。名雪や祐一、北川ですら近寄ろうとしない。三人とも自分の鞄をおくと少し離れたところからはっきり言って妙な香里を呆然唖然と言った感じで見守っていた。
「おい、名雪、声かけて来いよ・・」
「ええ!?やだよ〜、何か怖いもん・・・北川君、声かけてみたら?」
「い!?い・・・いや、俺は、その、何だ・・・えっと、だから・・・」
「不明瞭な奴だな、何でも良いから声をかけてこっちの世界に引きずり戻して来いよ」
「そ、それだったら相沢、お前でも良いじゃないか!お前が声かけろよ!」
 ぼそぼそと三人が話し合っている。
 どうやら誰が香里に声をかけるかでもめているようだ。とりあえず祐一が香里の親友を自認する名雪に振り、今の香里に怯えている名雪が香里のことを好きな北川に振り、それを更に祐一があおったまでは良いが自分に返ってきた、と言うところだ。
 しかし、祐一は少し寂しそうな顔をして、もちろん演技ではあるが、何となく北川とはこういうような冗談のようなやりとりをするのが気に入っているようだ。そして、こう言った。
「いや・・俺はどうも香里に嫌われたようだから・・・」
 祐一的には冗談のつもりで言ったのである。朝のことはきっと何か不機嫌だっただけのことだと彼は思っていた。
 名雪には朝の一件だとすぐにわかったようであるが、北川にはもちろんわからない。それが冗談かどうかさえも。
「・・・どういう事だ?」
「えっとね・・・」
 きょとんとした顔で北川が尋ね、それについて名雪が答えようとすると、いきなり香里が立ち上がり、三人の方を振り返った。
「違うわっ!!私は相沢君のこと嫌ってなんか・・・・」
 そう言った香里の視線が祐一の視線と真正面からぶつかる。
 次の瞬間、香里は真っ赤になって教室から飛び出していった。
 思わず三人は廊下に飛び出して香里の姿を追う。
 香里は物凄いスピードで廊下を走り、途中で一度足を滑らせたのか豪快にこけ、すぐさま起きあがるとまた物凄いスピードで走り去っていった。
 呆然とそれを見ている三人。
「な、な、何だったんだ?」
 北川が口を開いた。
「俺が・・知るかよ・・・」
 そう答える祐一だが、何となく自分のせいのような気がしてあまりいい気分ではなかった。
 そして名雪は・・・。
「凄い、凄いよ、香里・・・あんなに足早かったんだ・・・陸上部でもエースになれるよ・・・」
 二人とは全く別のところで感心していた。

*シーン5*学校(屋上・昼)

 香里は結局教室には戻らず、午前中の授業を屋上でさぼり続けていた。
「どの顔して相沢君に会えって言うのよ・・・」
 フェンスにもたれて空を見上げながら呟く。
 天気はあまりよくなく、雲が空を覆っている。それはまるで今の香里の気持ちのようだった。大きくため息をつき、フェンスから離れる。
 自分ではもう押さえられなくなり始めている。
 祐一の顔を見るたびに、昨日部屋で思い浮かべた光景が頭の中でフラッシュバックするのだ。こんな調子で彼のそばにいたらどうなるか自信がなかった。
 しかし、どう考えても答えはでない。
 自分がいつの間にか祐一のことを好きになっていたことを認めたいが(もう否定することはあきらめたらしい)、それを認めることは何となく名雪や栞に対して悪いという気がする。だからこそ、認めるわけにはいかない、彼女にとって祐一は友人でなければならないのだ。たとえ彼が名雪、栞のどちらかの恋人になっても。間違っても自分がその恋人の座にいてはいけない。
 そう思うからこそ、彼女は悩み続ける。
 頭でそう思うのだが、実際に会うとそういかなくなる。体は思った以上に素直なのだ。そして感情も。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜」
 またため息をつく。
「ため息ばかりついていると幸せを逃がしますよ」
 不意にそんな声が聞こえてきたので、声のした方を振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
 ケープのリボンの色から見て下級生らしい。
 感情らしい感情を浮かべず、無表情に香里を見ているその下級生はぺこりと頭を下げた。
「すいません、いきなり失礼なことを言って」
「別に良いわ。気にしてないから」
 香里はそう言って笑顔を見せた。
「でも、こんな時間に何しているの?まだ授業中でしょ?」
 自分のことは棚に上げてしっかりと箱に入れて厳重に鍵をかけて封印しておいてから下級生の少女に言う。
「・・・・今はお昼休みですが?」
 少しの沈黙の後、下級生の少女がそう言ったので香里は慌てて自分の腕時計を見た。
 確かに時計に針はお昼休みの時間を刺している。
 それだけ長い時間この屋上にいたのに気がついていなかったようだ。
「・・・・いつの間に・・・・」
 表情が引きつった。
 優等生の自分らしくない行動、これを後でどう説明するか。
 そんな香里を気にせず下級生の少女は屋上の一角に腰を下ろし、持っていたお弁当を広げていた。ふたを開いて横に置き、箸を取り出し、手を合わせる。
「いただきます」
 やたらと冷静である。
 そばにいる香里には一切注意を払ってないようだ。
 香里と言えば未だに午前の授業をさぼった言い訳を考えていたようであるが、下級生の少女がお弁当を食べ始めたのを見て、またため息をついた。
「隣、良いかしら?」
「・・・どうぞ」
 下級生の少女に一言断ってから隣に腰を下ろす香里。
 しばらく沈黙が続いた後、香里が口を開いた。
「今から言うことは全部独り言よ、軽く聞き流してくれて良いわ」
「・・・わかりました」
 お弁当を食べる箸を止めて下級生の少女が答える。
「一人の優等生の女の子がいたの。その子には親友と呼べる友達がいて、その友達はずっと前から幼なじみの従兄弟の男の子が好きだったの。優等生の女の子はその友達から従兄弟の男の子が好きだって話を何度も聞いていて、それを応援してあげようと思っていたの。でも優等生の女の子には妹がいて、その妹も同じ人を好きになっていたの。優等生の女の子はどちらを応援するか迷っていたんだけど、いつの間にか自分もその男の子が好きになっていて、もうどうしようもないくらいその思いが募って・・・それで・・・」
 香里はそこで言葉を切り、俯いてしまった。
 続ける言葉を無くしたのだ。
「・・・どうしたいんですか?」
 下級生の少女がそう言って香里を見た。
 驚いたように香里は顔を上げる。
「その優等生の女の子はどうしたいんですか?その男の子に自分の気持ちを打ち明けたいんですか?それとも自分の気持ちを無理矢理押し殺して妹や親友の応援をするんですか?」
 妙に真剣な顔をして下級生の少女は言う。
「私がその優等生の女の子だったら自分の気持ちを打ち明けます。自分の気持ちを押し殺して妹や親友を応援してもあまりいい気持ちにはなれないと思いますから。それに・・・自分が好きになった人が他人とつきあっているのを見るのはいい気分ではないと思いますよ。ましてや自分が応援していたとあれば尚更・・・」
 そう言って下級生の少女は何処か遠い目をして、空を見上げた。
 つられたように香里も空を見上げた。
 空はいつの間にか雲が無くなり晴天に変わっている。
「でも・・・何か悪いじゃない・・・妹とか親友に・・・」
 呟くように言う香里。
「・・・人を好きになるのに・・・良いも悪いもないと思いますよ?」
 そう言って下級生の少女が初めて笑みを見せた。
「それに・・・あの人を好きな人はまだたくさんいますから」
「え?」
 香里は驚いたように下級生の少女を見た。
「ごちそうさまでした」
 下級生の少女はそう言うといそいそと自分のお弁当を片付け、そそくさと立ち上がった。
「あ、あの・・ちょっと・・・」
 香里が手を伸ばして彼女を呼び止めようとするが、下級生の少女はさっさと昇降口まで歩いていき、そこで香里を振り返ってぺこりとお辞儀した。
「それでは失礼します、美坂先輩」
 そう言って昇降口へと消えていく下級生の少女。
 香里は唖然としているばかりである。
 どうしてあの下級生の少女が自分のことを知っていたのか。
 しかも、話の中の男の子が誰だかわかっている様子だった。
「・・・・どういう事なの?」
 香里が呟く。
 もちろん答えるものなど無く、空しく風が彼女の髪の毛を揺らしていた。

*シーン6*学校(教室・放課後)

 放課後である。
 教室に祐一の姿がないのを確認してから香里はそうっと中に入ってきた。
「あ、香里」
 いきなり名雪が声をかけてきた。
 どうやらまだいたらしい。
「な、名雪じゃない・・・部活じゃなかったの?」
 少々焦りながらも何とか平静を装って香里が言う。
「これから部活なんだけど・・・祐一と北川君が探してたよ、香里のこと」
 名雪がいつものようにのほほんとした様子で言う。
 しかし、少しは心配しているようで、その表情は明るくない。
「今まで何処行ってたの?」
「ちょっとね・・・あ、今日の分のノート、とってくれているわよね?」
「・・・祐一か北川君が・・・多分・・・」
 少しばつが悪そうに名雪が言う。
 おそらく、いつもと同じようにいい気持ちで眠っていたのであろう。簡単に想像がつくところが名雪らしいというか何というか。
「全く、名雪らしいわ・・・」
 香里は苦笑を浮かべてそう言うと、自分の鞄を手に取った。
「あれ?帰るの?」
「ええ、相沢君と北川君には悪いけど先に帰るわ。今はまだ・・・ちょっと会えないし・・」
 ちょっと意味深に香里は言い、その場から去ろうとして、硬直した。
 丁度教室に祐一と北川が入ってきたからだ。
「あ、ようやく見つけた」
 北川が香里を見て言う。
「ずいぶん探したんだぜ、香里?」
 祐一がそう言って肩をすくめる。
 香里は二人から視線をそらせて俯いてしまっていた。
「一体今日はどうしたんだよ?いきなり逃げ出したりして・・・」
「え・・・と・・それは・・・」
 ぼそぼそと小声で言う香里。
 もうこの時点で顔は真っ赤である。
「まぁ、今日の分のノートは北川がとっているだろうから良いものの」
「何!?相沢、とっていなかったのか?」
「何!?」
 二人は驚いたように互いの顔を見合わせた。
「俺はてっきり北川がとってくれているものと・・・」
「俺は相沢がとってくれているものだとばかり・・・」
 二人して同じようなことを言い、互いに呆れたような顔をする。
 そのやりとりを名雪は苦笑を浮かべてみていたが、香里はそれどころではなかった。
 今は何とかこの場を逃げ出すことしか考えていなかった。
 まさか名雪のいる前で自分の思いを打ち明けるわけにも行かない。さらには北川がこの場にいるのだ。
 今までこの4人で仲良くやってきたのだ。その関係を壊すのも怖かった。
「と、とりあえずとってないのは仕方ない。それよりも・・・」
 祐一はそう言って香里を見た。
 香里はまだ俯いたままで視線を彼に向けようとはしない。
「なぁ、一体どうしたんだよ?何かあったんなら力になるぜ?・・・まぁ、俺たちじゃ香里の力になれるかどうか自信はないけどな」
 笑顔を、見せて祐一が言う。
「そうそう、俺たちじゃ不安かもしれないけど話せばすっきりすると思うぜ、美坂」
 北川もそう言う。
「香里・・・私、香里の親友だよね?」
 少し不安げな名雪。
 三人とも今の香里の様子がおかしいので心配してくれているのだ。しかし・・・香里が今抱えている悩みを話すことは、この四人の関係を壊しかねないことである。
「・・・ゴメン。心配してくれるのは嬉しいんだけど・・・」
 俯いたまま、香里はそう言う。
「別にみんなを信じてない訳じゃないのよ・・・でも・・・」
「言えないって訳か・・・」
 少し落胆したような祐一の声。
 香里は怖くて祐一の顔を見れなかった。
「まぁ・・・転校してきてそう間のない俺には話せなくても、名雪には話せるだろ?何たって親友だからな」
「男の俺たちには話せない話ってことか?」
 北川が祐一に向かってそう言ったので祐一はテキトーに頷いた。
「とりあえず名雪、後は任せた。帰ろうぜ、北川」
 名雪の肩をぽんとたたき、祐一は自分の鞄を手に取った。
「少しは信頼されていると思ったんだけどな、俺は・・・」
 小さい声で呟く祐一。
「祐一・・・・」
 哀しそうな顔をする名雪。
「香里・・・・」
 まだ俯いたままの香里を見る。
 祐一が北川と連れだって教室を出ていこうとした時、香里が不意に顔を上げた。
「ゴメン、名雪・・・私、自分の気持ち、押さえられないわ」
「え?」
 きっと名雪を正面から見据えて香里ははっきりと言った。
「名雪が相沢君のこと、好きだってことは知ってる。栞も相沢君のこと好きだってことも知ってる。それにまだ他にも相沢君のこと好きだって言う人がいるってことも。本当なら名雪とか栞のこと、応援するつもりだったんだけど・・・」
 そう言って香里は今日初めて名雪に笑顔を見せた。
「いいよ」
 名雪はそう言って微笑んだ。
 香里は名雪の笑顔にえっと驚いたような顔をする。
「名雪?」
「香里なら良いよ。私、香里のこと好きだし、それに・・・祐一のこと好きな人が多いってことはそれだけ祐一が魅力的だってことだし」
 名雪は満面の笑みで香里に言う。
 その笑みを見て、香里は大きく頷いた。
「今日からライバルよ?」
「一番手強いかもね?」
 そう言ってお互いに笑い出す。

 その頃、北川と下校中の祐一の背筋に悪寒が走っていたと言うことは内緒である。


あとがき
作者D「あああ・・・ようやく終わったぁ・・・」
聖先生「一体どういうことだ?」
作者D「あれ?いつもあとがきにはかおりんが出てくるのに今日は違う人が・・・」
聖先生「彼女が主役の恋愛ものだというから代理を引き受けたのだが・・・全く違うような気がする」
作者D「ぎくっ!!・・・えーと、一応これを書くことにした大本の理由は三剣さんのHPとの相互リンク記念(今頃かよ)でリクエストありますか?と聞いたところ「香里とのラブラブもの(年齢制限はご自由に)」と言うことだったんですが」
聖先生「ほうほう」
作者D「いざ書き始めてみるとあまりにも久しぶりに普通のSSを書くと言うことで、書き方をすっかり忘れていたんですな(笑)」
聖先生「笑い事かね?」(しゃきーんと何処からともなくメスを取り出す)
作者D「何とも中途半端になってしまい、誠に申し訳ありません」
聖先生「謝ればいいと言うものでも・・・」
作者D「とりあえずもっと頑張りますのでどうかご勘弁を」
聖先生「そう言うことなら今回だけは許してやろう」
作者D「(しかし・・どうして俺のあとがきに出てくる人はこういう怖い人ばかり何だろう?)」
聖先生「何か言ったかね?」(再び現れるメス、しかも四本)
作者D「いえ、何でもありません!!!(やっぱりこういうパターンなのね・・・・)」

戻ります

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