駅前のベンチというのは待ち合わせの定番なんだろうか?
そう思いながら俺は相手の来るのを待っていた。
いつもなら相手の方が先に来て俺を待っているのだが、今日はそうでもないらしい。
俺が特別に早かったわけではない。
いつもとそう変わらない時間に家を出て、何時もと同じペースで歩いてここまで来たのだ。
ならば考えられることは……。
相手が時間を間違ったか、相手が日を間違ったか、相手が約束を忘れているか、はたまた……。
「自分が時間を間違ったとか日付を間違ったとかどうして思わないのか、それが不思議だよ……」
声はすぐ後ろから聞こえてきた。
やや呆れたような声。
振り返らなくてもわかる。
「今日は遅かったな、うぐぅ?」
「うぐぅじゃないよ!」
「ああ、悪かったな、あゆあゆ」
「あゆあゆでもないもん!!」
まぁ、今日は珍しくあゆの相手をすることになっているのだ。
らぶらぶはっぴねすDays外伝
はっぴば!〜あゆ編〜
とりあえず振り返ってみて、俺は驚いた。
何と俺の後ろにいたのはいつものあの小学生の男の子を思わせるうぐぅでもなければ、不審人物を思わせるでかい帽子をかぶったあゆあゆでもなく、ましてやたい焼き泥棒常習犯である月宮あゆでもない。
「おお、こんな美少女、初めて会ったぞ!今まで何で気がつかなかったんだ?」
大声で嘆いてみる俺。
そんな俺を物凄く冷たい目で見ているのはその美少女。
ああ、わかってる。
言われなくても俺だってわかっているさ。
今日は珍しく俺と二人っきりだって言うことでわざわざ、遅刻するくらいにまでおめかししてきたんだって事は。
「……おほん」
わざとらしく咳払いなどしてみてから、俺は改めてあゆの方を向き直った。
「わざわざそんな格好してこなくても良かったと俺は思ったぞ。おかげで一瞬誰かわからなかった」
自分でも結構あからさまなお世辞だとは思う。
だいたい相手が誰か確定していたしな。
しかし、驚いたというのは事実だ。
多分秋子さんの手によるものだとは思うんだが、顔にはうっすらと化粧していて(あゆが化粧道具を持っているとは思えなかったし、そもそも化粧などしている所など見たことがない、少なくても俺は)、更には普段着ないような余所行きの可愛らしい服を着ていて。
まるであゆには見えなかった。
それが素直な感想だ。
「祐一君、それって誉めてるの?」
「誉めてるぞ、多分」
「多分って何だよ、多分って!」
あ、しまった。
どうやら怒らせてしまったようだ。
しかしまぁ、あゆだから怒らせたところで特に怖くも何ともないが。
「何か酷い言われ様だね」
「まぁ、あゆだし」
「祐一君の愛情の程がよく解ったよ……」
「俺がどの程度の愛情をお前に抱いているかはともかく、とりあえず行くぞ」
そう言って歩き出す俺。
この場にずっととどまってあゆと漫才みたいな会話を続けていると寒くてかなわない。
風邪を引く前に何処か暖かい場所に入りたい。
「で、何処に行くんだ?」
俺の少し後ろをとてとてと着いてきているあゆを振り返って俺が聞くと、あゆは首を傾げた。
「え? 今日は祐一君がエスコートしてくれるんじゃないの?」
「お前が誘ったんだからお前が案内してくれるんじゃなかったのか?」
互いに互いの言うことに驚きを感じながら言い合う。
「だって、今日はボクの誕生日なんだよ!だから祐一君がエスコートしてくれるって!!」
「でも誘ったのはお前だろうにっ!!お前が何処か行きたいところがあるんだろうなって思っていたから俺は何も考えてきていないぞ!!」
「あ〜、それって酷くない!?名雪さんには何時も色々としてあげるくせにボクには何にもしてくれないなんて!!」
「当たり前だ!名雪は恋人、お前はただの同居人で幼なじみ!!」
「じゃ、ボクの気持ちはどうなるんだよっ!!」
「お前の気持ちだぁっ!?」
「そうだよっ!!ボクの気持ちはっ!?」
そこではたと気付く。
あゆの瞳に涙が浮かんでいると言うことに。
しまった、またやっちまった。
とりあえず後悔しておいてから、俺はあゆの頭にぽんと手を乗せた。
そのつもりはないんだが、ついついこいつをからかったり、自分の言いたいことを押しつけてしまう。
幼なじみという気安さからか、こいつに対して遠慮すると言うことを俺はあまりしない。
それで怒らせてしまうことも少なくない。
わかってはいるのだが。
「……祐一君?」
あゆが涙目のまま俺を見上げる。
背が低いこいつの側にいると、こいつはどうしてもそう言う風にするしかない。
「悪かったよ。お前の気持ちも考えないで」
俺はそう言うと苦笑を浮かべ、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
こいつが俺のことを好きだと言うことは知っている。
幼なじみとして、友人として、だがそれ以上に俺に好意を持ってくれていると言うことを、俺は知っている。
だけど、名雪の気持ちを受け入れてしまった俺にはあゆの気持ちに答えてやることは出来ない。
だから、こいつの我が侭に付き合ってやったりして、今までと同じ距離を保ってやる。
それが俺に出来る精一杯のこと。
「祐一君……」
あゆは少しの間俺を見上げていたが、やがて笑みを浮かべて頷いた。
「うん、ボクの方こそゴメンね。名雪さんとのこと、わかっていたつもりだったけど……我が侭言って。今日もわざわざ付き合ってくれているんだし……」
少し悲しそうな、寂しそうな笑顔。
俺はいたたまれなくなって思わず目を反らせていた。
「と、とにかく、今日はお前の誕生日だし、一日付き合ってやる!」
わざとらしい程大きい声で俺は宣言し、あゆの手を取って歩き出した。
普段なら絶対にやらない、名雪にだって恥ずかしくてやらないことを俺は今あゆに対してやっている。
それはあゆに対する罪悪感なのか?
「それだったらイヤだけど、今日は許してあげるよ」
あゆがそう言って微笑む。
さっきまで目に涙浮かべていたくせに。
「よし、今日は名雪のこと忘れて楽しもうぜ!!」
心の中の罪悪感を振り払うように、俺はわざと陽気にそう言うのだった。
尤もこの一言を名雪に聞かれたら物凄いことになるのだが。
「とりあえず何処行こうか?」
「名雪さんとよくデートしているんでしょ? 一度ボクもそう言うのしてみたかったんだ」
「名雪のことは忘れろって言っただろうに……」
俺はそう言いながらあゆのおでこをぐりぐりとしてやる。
「うぐぅ……で、でもっ、名雪さんとのデートで行くようなコースで別にいいから……」
また泣きそうになりながら(今度は純粋に痛みの所為であろうが)あゆが言う。
俺はあゆの額から手を離すと、名雪とのデートコースを思い浮かべた。
……いかん、全く思い出せん。
と言うか普段から一緒にいる所為であまりデートらしいデートをしたことのない俺たちだ。
たまに二人で出歩いてもせいぜい夕飯の買い物に行ったり、商店街をぶらぶらしたり、百花屋で奢らされたり……その程度。
そう考えると何か物凄く空しくなってきた……。
これで良いのか、俺と名雪。
一応親公認の恋人同士だというのに……。
思わず頭を抱えてしまう俺。
「……祐一君?」
「今なんか激しく間違った青春を送っていたことを痛感しているから少しの間黙っていてくれ」
「……うぐぅ」
あゆを黙らせ、俺はしばしの間、頭を抱えていた。
「よし、復活」
「案外早かったね」
「とりあえずまだ俺は若いからこれからでも充分取り戻せると気がついたからな。人生前向きに生きなければいけないぞ、あゆあゆ」
「あゆあゆじゃないもん」
「まぁそれはともかく」
「ともかくじゃないよ」
「とりあえずここでこうしていても埒があかないので映画でも見に行こう」
「祐一君の奢り?」
嬉しそうに言うあゆ。
「……誕生日だと言うことだから特別に奢ってやろう。但し、何を見るのかは俺にお任せするように」
心の中でほくそ笑みながら俺は言う。
「う……何か激しく嫌な思い出が不意に脳裏をよぎったような気が……」
顔を少し引きつらせるあゆ。
だが、それに構わず俺は歩き出した。
そして俺たちが向かったのは何時かあゆと行った映画館。
ほぼ一年ぶりのはずだが、何故か今回もホラー映画がやっている。
何か何時来てもホラー映画やっているような気がしないでもないが。
まさかホラー映画専門館!?
「うぐぅ……」
俺が一人でボケをやっている間、あゆはずっと引きつった表情を浮かべていた。
まぁ、無理はないだろう。
こいつはホラーとかそんなものがまるで駄目なんだから。
それを知っていてここに連れてくる俺も俺だな。
「はっはっは……さぁ、行くぞ、あゆあゆ」
俺は高らかに笑いながらあゆの手を引いて映画館に入っていく。
「うぐぅ……やだよぉっ!!」
「はっはっは、何を照れているんだ、あゆあゆ。俺の奢りだ、たっぷりと楽しむがよい」
「うぐぅぅぅぅっ」
それからたっぷり2時間、俺たちは某聖林作の最新技術によるホラー映画を楽しんだ。
尤も楽しめたのは金を出した俺だけで、一緒に入ったあゆには少しも楽しめなかったようだが。
「いや〜、なかなかのものだったな。また北川や香里でも誘って見に来よう。それくらいの価値はある」
一人満足げに頷いている俺のすぐ横ではあゆがげっそりとした顔をして歩いている。
「酷いよ、祐一君。ボクがホラー映画駄目なこと知ってるくせにあんなの見せるなんて……」
「奢って貰っておいて文句を言うとは失礼な。そんな事を言うなら今度俺のお薦めホラー映画をビデオで借りてきて徹夜で上映会をするぞ」
「うぐぅ……お願いだからやめて……」
そんなことを話ながら商店街の方を通り抜け、噴水のある公園にまでやってくる。
確か去年栞にお気に入りだと言って教えて貰った場所だ。
「さて月宮君、そろそろお腹がすかないか?」
「そう言えばそうだね。あ、でも秋子さんが何か作っておいてくれるかも……」
まぁ、それは確かにそうかも知れないが。
しかし、こうやって食べ物の話を出したのには少々理由がある。
俺だってあゆの誕生日を忘れていたわけではないと言うところを存分に見せてやろうと思ってのことだ。
そう、あゆに食べ物と言えばあれしかない。
「ちょっとここで待ってろよ」
俺は噴水のすぐ側にあゆを立たせると、そこから走って公園の外へと出ていく。
確かこの辺にいたと思うのだが。
あらら?
何だよ、今日に限っていないじゃないか。
しばらく待ってみるけどなかなか祐一君は帰ってこない。
何か置いてけぼりにされたみたいでちょっと不安。
一体祐一君何処に行ったんだろう?
……まさかボクが散々我が侭言ったから怒って帰っちゃったとか……。
うぐぅ……わかってはいるんだけど。
祐一君には名雪さんがいて、二人ともお互いのことがとっても好きで、もうボクには入り込む余地がないって。
でもそう簡単に割り切れなくて。
多分、それは祐一君も知っているだろうし、名雪さんだってわかっているんだと思う。
だから名雪さんは祐一君のことになると過敏に反応するんだろうし。
それでも、祐一君の優しさについつい甘えてしまう。
「わかって……いるんだけど、ね」
何となく呟いてみる。
自分でもその声が寂しげだと言うことがわかる。
何か目に涙が浮かんできた。
わかってる。
わかっているけど。
好きだと言う気持ちは止められなくて。
もう駄目だと思いたくなくて。
だから優しくされると、つい甘えてしまって。
我が侭言って怒らせて。
こうして置いていかれるなんて……。
でも当然だよね、怒っちゃったんだし。
「う……ううっ……」
俯くと更に涙がこぼれるけど。
でも悲しくって。
せっかくの誕生日だったのに。
折角祐一君と二人だけで過ごせると思ったのに。
ボクの我が侭で台無しにしちゃった……。
「……なぁ〜に、泣いてんだよ」
そんな声が聞こえてきた。
顔を上げると、涙でかすんだ先にきょとんとした祐一君が立っている。
祐一君はボクが泣いているのを見て、慌てた様子で側に駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ? 何かあったのか?」
心配そうに声をかけてくる祐一君。
「帰ったんじゃ……無かったの?」
ボクがそう言うと祐一君は訳がわからないと言う顔をしてボクをじっと見つめてきた。
「はぁ? 今日はお前に付き合うって言っただろ。何で帰るんだよ?」
「で、でもなかなか帰ってこないから……」
「ああ、それについては悪い。ちょっと捜し物をしていたんでな。それに予想以上に時間がかかった」
祐一君はそう言うと、手に持っていた袋をボクに手渡した。
その袋は何か熱々で、いい匂いが漂ってくる。
「これは?」
「……お前の大好物」
言われて袋を開けてみると中にはたい焼きがどっさり。
「それを買いに行っていたんだよ。ここ最近この辺に店出していた商店街のとは別のたい焼き屋があってな。今日に限って近くにいなかったから探していたんだ。待たせたのはその所為。悪かった」
「……たい焼きならいつもの……」
「たまには違う店のだって悪くないと思うが? いらないなら返せ。俺が食う」
そう言って祐一君が袋に手を伸ばしてくるけど、ボクはその手をさっとかわしてみせた。
「ダメだよ、祐一君。これはボクに、買ってきてくれたんでしょ?」
「ほほう、それが誕生日プレゼントでいいとは安上がりな奴だ」
にやりと笑う祐一君。
それは祐一君のいつもの意地悪。
でもそうやって前と同じ距離を保ってくれている優しさ。
「今日はボクに付き合ってくれるんだよね?」
ボクがそう言うと祐一君は頷いて見せた。
「ああ、とことん付き合ってやる」
「まだまだ今日は時間があるよ?」
「最後まで付き合ってやるって」
「本当に?」
「本当だ」
「本当の本当に?」
「本当の本当の本当だ」
「一個多いよ、祐一君」
「お前に言われる前に言ってみた」
「うぐぅ」
「うぐぅ」
「うぐぅ、まねしないでって」
「何時も言ってるでしょ、か?」
「……やっぱり祐一君って意地悪だよ」
「何だ、今頃気がついたのか?」
「ずっと前から知っていたけど改めて確認したよ」
「うぐぅ」
「祐一君……」
「ははっ、そう怒るな。うぐぅはお前の登録商標だからな。これ以上使わないよ、今日の所は」
「今日の所はって……」
そう言って、ボクは思わず笑い出していた。
祐一君も同じように笑い出している。
こんな、こんな関係のままの方がいいのかも知れない。
冗談が言い合えたり、意地悪されたり、気兼ねのいらないそんな関係。
もし、ボクがボクの気持ちを祐一君に押しつけてしまったらこんな関係はもう成り立たないだろうし、お互い気まずくなるだろうから。
だからこれでいいんだって思う。
まだ割り切れた訳じゃないけど。
まだまだ祐一君の優しさに甘えちゃうだろうけど。
「ところで食べないのか、それ?」
「あ、食べるよっ!だから手、出さないで!」
また袋に手を伸ばそうとしていた祐一君から袋を守り抜いて中のたい焼きを取り出し、口に頬張る。
熱々の衣の中にあるあんこがあま〜い。
何時も買っている(食い逃げはもうやってないってば)商店街のたい焼き屋さんとはまた違ったあんこの味。
それにわざわざ祐一君が探してきてくれたって言うのも加わって何ておいしいんだろう。
「やっぱりたい焼きは焼きたてに限るな」
祐一君がそう言ってボクを見る。
その手には食べかけのたい焼き。
「あ〜〜〜っ!!何時の間にっ!!」
「お前が至福の表情を浮かべている間に一個失敬した」
「ボクの誕生日プレゼントでしょ、これっ!!」
「一個ぐらいいいじゃないか」
「ダメ、もう絶対にあげないよっ!!」
「意外といけるな、これ。どれ、もう一個」
「だからダメだってばっ!!」
祐一君は意地悪だ。
でも優しい。
だからみんな、祐一君のこと好きになったんだと思う。
ボクも祐一君のことが好き。
でも今はこの距離を維持していたい。
恋人同士である名雪さんにだって出来ない、こういった子供じみたじゃれ合いの出来る関係。
何時かそう言うことが出来なくなるだろうけど……。
今はこれで充分。
「おし、二個目ゲット!」
「だからダメだって言ってるのに〜!」
後書き
作者D「多分この後すぐかおりん様に殴られます」
かおりん「わかっているじゃない」
作者D「では殴り飛ばされる前に最大の問題を」
かおりん「何?まだ問題があるわけ?」
作者D「いやまるで問題山積みみたいな言い方しなくても……」
かおりん「問題山積みじゃない」
作者D「あう……あ、そう言えば『こげ』がとれていますね」
かおりん「シャワー浴びてスキンケアとかお手入れとかちゃんとやっているのよ」
作者D「別にこげていても特に問題ないような気が……」
かおりん「で、最大の問題って?」
作者D「これには前半部分が存在するんですよ。その前半部分の一番最後に分岐を用意する予定だったのです」
かおりん「分岐?」
作者D「はい。『HAPPY!HAPPY!!』で微妙に書いた設定を生かしたものを少し。ですが何となく書いていたら出来上がってしまったんですな、先にこれが」
かおりん「本当に問題ね」
作者D「前半部分、どうしよう?」
かおりん「捨てなさい」
作者D「容赦無いですね。まぁ来年用に取っておくというのも手なんですが」
かおりん「捨てなさい」
作者D「……わかりました(涙)気が向いたらUPします」
かおりん「話の内容については?」
作者D「設定上名雪と祐一が付き合っていると言うことなのでそこにあゆの心情などを盛り込んでみました。その時点で誕生日でなくてもいいということに今気がついた」
かおりん「……馬鹿?」
作者D「あうう……(涙)」
戻るよっ!