しんしんと降り積もる雪。

その一粒一粒を見ながら、わたしはほうっと白い息を吐く。

時折吹く冷たい風は容赦無くわたしの身体から体温を奪っていく。

それでもわたしはこの場所から動かない。

それでもわたしはこの場所から動けない。

ここは彼との約束の場所だから。

ここは彼がわたしをずっと待っていてくれた場所だから。

だから。

わたしはここから動く訳にはいかない。

例え彼がここに帰ってくることがないとしても。

二度と彼がここに現れることがないとしても。

わたしはここから動く訳にはいかないのだ。

誰に止められても。

誰に何と言われても。

それが例え親友であっても。

それが例え恋敵の女の子であっても。

それが例えお母さんであったとしても。

ここは。

彼とわたしにとって。

二人の心が本当に結ばれた場所。

二人にとって神聖にして侵されざる場所。

誰にも譲ることの出来ないたった一つの場所。

だから。

わたしはここから動く訳にはいかない。

彼との約束の場所だから。

彼が必ず帰ってくる場所だから。

































あなたのいない12月































それはほんの些細なことが始まりだった。

本当に些細なこと。

よくあるいつもの光景、と言えばそうなのかも知れない。

香里辺りに言わせれば「仲がいいわねぇ〜」と言うことなのだろう。

でも、今回は……今回だけはいつもとは違っていた。

<11月24日・朝>

「あら? どうしたの? 随分早いじゃない、名雪にしては」

教室に入ってきたわたしを見つけるなり香里が笑みを浮かべてそう声をかけてきた。

まだ授業の開始時間には充分余裕がある。

いつもだったらもっとギリギリの時間にここに辿り着いている。

そう、いつもだったら。

「それに一人? 相沢君と一緒じゃないの?」

「祐一なんか知らないよ」

わたしは冷たくそう言って自分の机の上に鞄を置く。

「……何? ケンカでもしたの?」

ちょっと驚いたように香里が言う。

驚いたような顔をしたのは一瞬だけ。

すぐに何か面白いものを見つけた、と言うような顔をしてにやっと笑う。

「で、今回は相沢君が何をしたのかなぁ?」

「………そんな事香里には関係ないよ」

出来る限り冷たい声で香里に言ったつもりだけど、あまり効果はなかったみたい。

ニヤニヤ笑いながらずいっとわたしに詰め寄ってくる。

「その様子だと……今回もまた下らないことでケンカしたのね?」

「下らなくはないよ……ただ……」

「ただ?」

「……ん、何でもない」

そう言うとわたしはもう話は終わりと言わんばかりに香里に背を向けてイスに腰を下ろした。

と、そこに教室のドアを開けて祐一が入ってきた。

「よー、相沢。また水瀬とケンカでもしたのか?」

早速祐一に声をかけたのはやっぱりと言うか何と言うか北川君。

祐一がこの学校に転校してきて一番始めに仲良くなったのが北川君だった。

今でも二人は悪友としてよく一緒に馬鹿なことやってる。

「何でもねぇよ」

機嫌悪そうに祐一がそう言って教室の中に入って来、そしてわたしの隣の席に鞄をおいた。

一瞬祐一がわたしの方を見るけど、わたしはぷいっと横を向いてしまう。

すると祐一も不機嫌そうに舌打ちしてイスに座った。

「やっぱりケンカしたんじゃない」

香里が身体を乗り出してわたしに耳打ちする。

「……関係ないって言ったでしょ」

わたしも祐一と同じく不機嫌そうに香里にそう答えた。

実際問題、ケンカの原因は至極下らないこと。

香里の言う通り下らないことだった。

でもお互い、意地の張り合いで、こじれたまま。

お母さんも真琴も呆れていた。

悪いのは……実はわたし。

祐一は何も悪くない。

下らないケンカの原因もわたしが言い出したことだった。

謝らないといけないのに。

でも……。

今日の授業はほとんど頭に入らない。

どうすれば仲直り出来るかずっと考えてばかりだ。

いつものケンカなら……だいたい祐一が先に謝ってきてくれる。

それは主に祐一が悪いからなんだろうけど、今回はわたしの方が悪い。

お母さんにもそれは諭されてる。

だから謝らないといけないのはわたし。

でも……謝りたくないと言うのもまたわたしの偽らざる本心。

わたしにも意地があるから。

そんな意地の張り合いが……とんでもないことになるとは勿論わたしは知らなかった。

<11月24日・放課後>

結局謝ることは出来ないまま、険悪なムードのまま授業は全部終わった。

今日は掃除当番じゃないし、部活もないから一緒に帰ることが出来る日なんだけど。

「祐一、あの……」

わたしが声をかけるよりも先に祐一は席を立っていた。

そして何も言わずに教室から出ていった。

その背中をわたしは見送ることしか出来ない。

何とも言えない悲しい気持ちが胸一杯に広がる。

「あの様子だと今回は名雪が悪いみたいね」

そんなわたしに香里が声をかけてきた。

「相沢君が悪いならああ言う態度をとるとは思えないもの。で、何やったの?」

「……香里」

声をかけてきた香里を振り返り、わたしは事情を説明した。

すると香里は案の定呆れた顔をした。

「……それは確かに名雪が悪いわね」

「流石の相沢でも怒るだろうな、それは」

腕を組んでうんうんと頷いている香里と北川君。

あれ?

「何でここにあんたがいるのよ!!」

そう言うと同時に香里の鉄拳が北川君に飛ぶ。

「うわらばっ!」

何か妙な声をあげて吹っ飛ばされる北川君。

「人のプライバシーに勝手に忍び込んでくるんじゃない!!」

それを言ったら香里もだよ。

元々これはわたしと祐一のことなんだから香里には関係ないし、相談しようとも思ってなかったんだから。

そう思ったけどあえて何も言わない。

香里は……事情を説明したらきっと力になってくれると思うから。

何たって親友だし。

「とりあえず謝りたいんでしょ?」

香里がわたしを見てそう言ったけどわたしは首を左右に振った。

「嫌だよ。悪いのはわたしだってわかってるけどどうしても譲りたくない」

わたしの返答を聞いて香里が頭を抱える。

「あのねぇ……名雪、よく聞きなさい。あの、相沢君が今日一日あなたを完全に無視してたのよ? それがどれほど事態が重くなっているかわからない?」

そう言った香里の顔を見ると本当に心配してくれているのがわかる。

「何時か言ってたわよね。相沢君とずっと一緒にいたいって。今それが崩れそうになっているの、わからない?」

そうだ。

このまま意地を張り続ければわたしと祐一の関係は崩れ去ってしまう。

それは嫌だ。

折角思いが通じたのに。

「謝ってきなさい。それによく考えてみて。相沢君が名雪の我が侭をどれほど聞いてくれているかって事」

「わたしの……我が侭?」

「どうせ気がついてないとは思っていたけど……結構我が侭言って相沢君、困らせていたでしょ。相沢君も相沢君で名雪の言うことなら結構ほいほい聞くし」

「そう……だったの?」

「……例えばよく放課後に言ってる百花屋とかね。あなたは相沢君が奢ってくれることが当たり前のように思っているみたいだけど、結構あれって負担よ。相沢君だって私達と同じ高校生な訳だし、バイトしている訳でもないでしょ。この間なんて相沢君、水しか飲んでなかったじゃない」

「あ……」

「まぁ、とりあえず忠告はしたし、謝る気にもなったでしょ。ほら、早く行きなさい。今ならまだ追いつけるわよ」

「うん……ありがとう、香里」

わたしはそう言うと自分の鞄を持って大急ぎで教室から出ていった。

「ほら、いつまでも転がってないでさっさと起きなさい! 掃除の邪魔よ!!」

「うがー、お慈悲を〜」

後ろから聞こえてくるそう言う香里と北川君のやりとりを聞きながら、とにかくわたしは祐一を追って走り出した。

特に用がないのなら祐一は真っ直ぐ家に帰るはずだ。

そう思って家に向かって走ってみるけど祐一の姿は見えてこない。

やっぱり帰りにくいのだろうか?

わたしとケンカした所為で?

どこに行ったんだろう?

家に帰ってないことはわたしが家に着いたことですぐに確認出来た。

留守番していた真琴に祐一がまだ帰ってないことを確認すると鞄だけを置いてすぐに家から飛び出していく。

どこに行ったんだろう?

祐一が行く場所……そう多いとは思えない。

商店街、公園、並木道。

そのどこにも祐一も姿はなかった。

………そうだ。

祐一のいそうな場所を一つ思い出した。

きっとあそこにいる。

そう信じてわたしは走り出す。

駅前の雑踏を駆け抜けて……やっぱりそこに祐一はいた。

あのベンチに座って俯いている。

何か考えているんだろうか?

「祐一〜〜〜〜!!」

思わずわたしは大声で彼の名を呼んでいた。

ハッとしたように顔を上げる祐一。

その驚いたような顔を見て、嬉しくなったわたしは周囲を確認せずに彼に飛びつこうと駆け出し……。





















そして横から聞こえてくる急ブレーキの音。





















まだ信号は赤だった。





















飛び出したわたしに向かってくるのは大型のトラック。





















自分に迫ってくるトラックを見たわたしの身体は硬直してしまっていた。





















やだ……ここで死んじゃうの?





















まだ祐一に謝ってないのに?





















祐一ともっと一緒にいたかったのに?





















もっと祐一と楽しい思い出作りたかったのに?





















それはほんの一瞬のこと。





















「名雪ッ!!」





















こっちに向かって飛び込んでくる祐一。





















どんと突き飛ばされる衝撃。





















そして……誰かが跳ね飛ばされる。





















わたしの目の前で。





















誰か?





















違う。





















トラックに跳ね飛ばされたのは誰でもない。





















わたしを助けてくれた。





















でもその代わりに。





















わたしを突き飛ばしたその瞬間。





















確かに笑顔だった。





















よかったと言う笑顔。





















わたしを助けることが出来てよかった言う笑顔を浮かべて。





















わたしの目の前で。





















彼はトラックの直撃を受けて吹っ飛ばされて。





















血まみれで。





















地面に倒れて。





















ぴくりとも動かなくなってしまい。





















それを見たわたしは。





















頭が真っ白になって。































「イヤァァァァァァァァァァァァァァッ!! 祐一ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」































絶叫していた。




















<11月25日・深夜>

病院。

聞こえてくる声。

それはお母さんの声。

もう一つは聞いたこと無い人の声。

白い天井。

部屋の中は真っ暗で。

「……助かる見込みはあるのですか?」

「我々に出来ることは全てやりました。ですが未だ予断を許さない状況です」

「そんな……」

「生きていたこと自体が奇跡ですよ。死んでいてもおかしくなかった。余程彼は生きていたかった……今はその彼の執念が頼りです」

「……わかりました。どうもありがとうございます」

声が止んだ。

そして立ち去っていく足音。

わたしは寝かされているベッドから身を起こした。

何でこんなところにいるんだろう?

その疑問がふとよぎる。

「……名雪。目を覚ましたのね?」

部屋の中に入ってきたお母さんが少しだけ顔をほころばせた。

「お母さん……どうして……わたしここに?」

「……覚えてないの?」

「………」

少し考えてみる。

記憶が途切れるその前を。

そして……。

フラッシュバックするように。

飛び込んでくる祐一。

トラックに吹っ飛ばされる祐一。

血まみれで倒れている祐一。

ぴくりとも動かない祐一。

「イヤ………イヤ………イヤァァァァッ!!」

思い出した。

赤信号にもかかわらず道路に飛び出したわたしを助けようとして。

突っ込んで来た大型トラックに祐一が轢かれてしまったことを。

わたしの所為だ。

わたしが信号も確認しないで飛び出したから。

もっと言うなら変な意地を張ってケンカなんかしなければこう言うことにはならなかった。

目からこぼれる涙。

わたしはお母さんに縋り付いた。

「イヤ……イヤだよ……祐一が死んじゃうなんて……いやぁ……」

「……大丈夫……祐一さんは助かるわ」

お母さんがわたしをそっと抱きしめて安心させるようにそう言った。

けど……わたしは。

祐一が死んでしまう。

それもわたしの所為で。

その事が怖くて。

悲しくて。

ただ泣き喚くことしか出来ないで。

「死んじゃ……やだよぉ………祐一ぃ………」

<12月22日・夜>

祐一は意識不明の重体のまま。

未だ目覚める気配はなく。

身体の傷もかなり酷い。

今、生きているのは不思議な程だとお医者さんが言っていたくらい。

全部わたしの所為だ。

あれから……。

あの事故の日から。

一ヶ月近くが経っている。

その間に祐一の両親が来て。

お母さんがひたすら謝っていた。

祐一のお父さんはそんなお母さんを非難したりせず、気にするなと言っていたけど。

祐一のお母さんは酷く冷めた目でお母さんを見ていた。

怒っている……と言うのとは違う。

どこまでも冷めた目で。

二人が帰る間際、私はいてもたってもいられずに二人に謝った。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

泣きながら謝るわたしの頭を祐一のお父さんは何も言わずに撫でてくれた。

「君が悪い訳じゃない。あいつは君を守った。それはそれで立派なことだ」

「叔父さん……」

「ここで死ぬならそれはそれで運命というものだろう。君もあいつのことは忘れて……」

「……ダメです。わたしは絶対に祐一を忘れない。忘れることなんか出来ない。だから」

「……また繰り返すのね」

そう言ったのは祐一のお母さん。

「おい」

たしなめるように祐一のお父さんが言うけど、祐一のお母さんは祐一のお父さんを押しのけるようにしてわたしの前に来て。

そしてわたしの頬を張り飛ばした。

それは突然のことだったけど。

私はそれを当たり前だと受け入れた。

祐一は二人にとって大事な子供。

その祐一がわたしの所為で死にかけている。

それに比べたらこれくらい当然だ。

「いい? 死んだらもうお終いなの。死んだものは二度と還ってこない。どれだけ思っても死んだ人間は生き返らない」

祐一のお母さんは何処か哀しげに言う。

「だから忘れるのよ。そして、生きなさい……あなたは……秋子のようになったらダメよ」

「……?」

どうしてここでお母さんがでてくるのだろう。

「秋子は……あの子は生きながら死んでいる……あの子は彼に囚われ続けている……それを見ているのは悲しいわ。名雪ちゃん、あなたはそうならないようにね」

祐一のお母さんはそう言うとわたしをそっと抱きしめた。

「……祐一は……まだ死んでいません……」

小さい声で、でもしっかりとわたしはそう言う。

「死んでない人を思うのは……」

その先を祐一のお母さんは言わせなかった。



あの日からずっとわたしはあの駅前のベンチでずっと待っている。

祐一はまだ死んでない。

でも目を覚ましてもいない。

だからわたしは待つことにした。

学校が終わったらすぐにここに。

学校のない日は一日中。

日が落ちても。

夜になっても。

始めはやめておけと言われた。

香里も心配して様子を見に来てくれたし。

北川君も一度ならず来てくれた。

絡まれたこともある。

でも。

ここから動く訳には行かない。

ここはわたしにとって大事な場所だから。

ここはわたしが最大の罪を犯した場所だから。

何があっても。

わたしはここで彼を待ち続ける。

待たせていたのはいつもわたし。

だから。

今度は待とう。

祐一が目を覚ますか死ぬまで。

死んでも。

わたしが死ぬまで待っていよう。

祐一のお母さんは祐一が死んだら祐一のことは忘れろと言っていたけど。

それは出来ない。

お母さんの娘だから。

死んだお父さんのことをずっと思い続けているお母さんの子供だから。

わたしも……。

それがわたしにとっての幸せなのだ。

他人から見たら馬鹿なことだと言われるかも知れない。

それでも。

信じ続ける。

そうやってわたしは。

あなたのいない12月を過ごすのだ。

FIN


後書き
あ〜………物凄く久々に思いつくままに書き上げましたが。
制作総時間およそ6時間ちょい。
過去30分で出来上がったという訳のわからないものもあるので最短ではないですがかなり早い方です。
おまけにちょいダーク風味。
ダークというのでは無いなぁ。
何て言うか切ない系?
うむ、非常にジャンル分けにし難い。
作品についてやや解説。
祐一と名雪のケンカの理由については特に考えてありません。
とりあえず名雪が変な言いがかりをつけたかなんかでしょう。うちの名雪は実は嫉妬深い(爆)ので真琴絡みか何かかも知れません。何にせよ、今回は祐一は全く悪くないようでして。まぁちょっと倦怠期に近い状態にあったのかも知れず。
結局祐一はどうなるのか。助かるのかそのまま死ぬのか。
まぁ幾つかこの先を考えてありますが名雪スキーの私が死ぬ程のたうち回る覚悟でないと書けないので(そう言うENDもある)多分書かないかも知れないし書くかも知れない。何だ、それは(笑)
そうそう、重要なことを忘れていました。
この作品ですが。
某葉っぱの新作ゲームとは一切関係ありませんのでッ!!!
タイトルが似たのは偶然ですって言うか、頭の中にあのタイトルが何故かインプットされていた為でしょう。
向こうの内容全然知らないし。
では次回、「あなたのいない12月〜Silent Night〜」でお会いしましょう(爆)<舌の根も乾かないうちにそれか(笑)
どこまで本気だか(笑)

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